最期の光景（ネタバレ注意）
もう少しも余裕がない。
今、最後尾車両から飛び出さなければ俺たちは他の死体の仲間になっちまう。
「心臓は？しっかり持ったッスか？」
━━ちゃんと持ちました。
「じゃあ行きましょう。これ以上遅れるとヤバイッスよ。」
この速度、まともに着地すると痛いじゃすまない。なんとか衝撃を殺しても骨折や打撲は免れないだろう。
しかし俺は頑丈だ。恐らく30分ほど地面に這いつくばっていたら普段と変わらず動けるようになっているはず。
あとは事故の当事者として捕まる前に逃げりゃいい。
意を決し落下防止柵に足をかける。落ちないために取り付けられているが、今回ばかりは飛び降りるのに邪魔だ。
足に力を入れて空中に身を躍らせる。思ったよりもうまく跳べた。これなら想定していたよりも怪我が少なくて済む。
でも、見ちまったんスよ。
心臓の入ったクーラーボックスを抱えたまま、不器用な姿勢で飛び降りた相棒を。
気づくと体が動いていた。相棒の体を掴みこちらに引き寄せる。そしてしっかりと抱き寄せた。相棒を地面から守るように空中で体制を変える。
「俺がクッションじゃちょっと痛ェかもしんないけど、我慢して欲しいッス。」
大丈夫、俺は頑丈だ。受け身もまともに取れずに背中を地面に叩きつけられた。
枕木が骨を折り、砂利が皮膚を引き裂いていく。衝撃が手を離せと喰らいついてくるが、手はだけは離さない。
衝撃が全身を喰い終わった。呼吸なんてまともにできない。気を強く持っていないと意識を手放しそうだ。
自分が身を挺して守った相棒に声をかける。呼吸するだけでも肺がつぶれそうになるほど痛いが声を絞り出す。
「大丈夫ッスか？怪我、してねえッスか？」
━━……。
ああ、聞こえねェ。なんとか目を開ける。視界は赤く霞んでいる。これは自分の血か？相棒の血ではないのか？
相棒を見た感じ怪我はない。ならよかった。
━━……。
やっぱ聞こえねェなァ。なんか言ってくれてるけど聞こえねェ。でも、最後にこれは言っておかねえとなァ。
「俺の心臓、推し活に使ってください。」
その言葉を絞り出した後、口から溢れた血が白かったシャツを汚す。
大きくせき込み、とうとう動けなくなった。もう目も開けていられない。思考がまとまらない。
ああ、頑丈で良かった──俺が一般人程度なら、最後に相棒の無事を確認出来なかったかもしれない。
千切れゆく意識の中、一つの疑問について思考する。
なぜ今まで人を殺してばかりだった俺が、一時的な協力者にすぎない相棒のことを命を懸けてまで守った？
そういえば、最初に見かけたときに彼女は本を読んでいた。俺も本を読むのが趣味だ。
何の臆面もなく死体から心臓をはぎ取っている彼女を見た。俺も何の臆面もなく人を殺す。
そうか、俺は協力を申し出る前から、もしかしたら──そうか。俺が人を殺してまで願っていたのは、両親に会うことではなく──
そこで意識は途切れた。
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