婆娑羅 
「気にしてないからぁ〜〜！！！」
設定
名前：婆娑羅(ばさら)
年齢：25
性別：男
職業：狂信者
好きなもの：-
嫌いなもの：-
一人称：俺
二人称：お前
三人称：あいつ
年齢：25
性別：男
職業：狂信者
好きなもの：-
嫌いなもの：-
一人称：俺
二人称：お前
三人称：あいつ
人物
とある教団の里で生まれ育った男。実は親の顔を知らないが、特に知ろうともしてない。
一応｢職業：狂信者｣としているが信者としての意識はたいへん低く、教団の習慣や行事などをしょっちゅう抜け出しては秘密のサボり場で寛いでいる。
それに加え非常に軟派な男であり、女の子と見るやすぐに声をかけ美辞麗句を並べる。
もっとも当人も本気で相手にしてもらえるとは思っていない節があり、挨拶のようなもの
なのかもしれない。ちなみにオカマにも優しい。
最近新たに里に来たメイちゃんをいたく気にかけているようで、彼女が関わってくると
愛情有り余って露骨に挙動がおかしくなる。
また、釣りが趣味なのだがあまり上手くはない。
一応｢職業：狂信者｣としているが信者としての意識はたいへん低く、教団の習慣や行事などをしょっちゅう抜け出しては秘密のサボり場で寛いでいる。
それに加え非常に軟派な男であり、女の子と見るやすぐに声をかけ美辞麗句を並べる。
もっとも当人も本気で相手にしてもらえるとは思っていない節があり、挨拶のようなもの
なのかもしれない。ちなみにオカマにも優しい。
最近新たに里に来たメイちゃんをいたく気にかけているようで、彼女が関わってくると
愛情有り余って露骨に挙動がおかしくなる。
また、釣りが趣味なのだがあまり上手くはない。
外見
身長：175cm
体重：64kg
髪色：黒
女好きで通っているが特別美形という程でもない、量産型成人男性。
やたらと長いマフラーとハンチング帽を愛用しており、左手には常に包帯が巻かれている。
包帯について指摘すると｢クッ鎮まれ…｣と言いながらノリよく腕を押さえる真似をするが、
中身を隠したがっている意図が明確にあり、頑として見せようとしない。
体重：64kg
髪色：黒
女好きで通っているが特別美形という程でもない、量産型成人男性。
やたらと長いマフラーとハンチング帽を愛用しており、左手には常に包帯が巻かれている。
包帯について指摘すると｢クッ鎮まれ…｣と言いながらノリよく腕を押さえる真似をするが、
中身を隠したがっている意図が明確にあり、頑として見せようとしない。
技・特殊能力
二刀流と弓矢を交えた独特のコンビネーション技を使う。
しかし刀の部分はカッコいいからなんとなく盛り込んでいるだけで実際は弓矢のみで十分。
また、こう見えて頭の回転は速いほうであり、話術を用いた交渉なども得意としている。
しかし刀の部分はカッコいいからなんとなく盛り込んでいるだけで実際は弓矢のみで十分。
また、こう見えて頭の回転は速いほうであり、話術を用いた交渉なども得意としている。
武器など
短い刀を二本連結させて弓になる変わった武器を持っており、普段は分割して鞘に納めている。
また愛馬｢舞華晴(ﾌﾞｹﾊﾗｽ)｣に騎乗することで更なる力を発揮できるがまるで言うことを聞かない。
また愛馬｢舞華晴(ﾌﾞｹﾊﾗｽ)｣に騎乗することで更なる力を発揮できるがまるで言うことを聞かない。
略歴
教団の里で生まれ、普通に健やかに育ってきた。はずなのだがこの体たらくである。
昔からこんな男ではなかったらしいのだがそのあたりを詮索されるのを嫌い、多くを語りたがらない。
昔からこんな男ではなかったらしいのだがそのあたりを詮索されるのを嫌い、多くを語りたがらない。
キャラクターストーリー
■婆娑羅秘話■
・[序]
遡ること10年前、婆娑羅がまだ15歳だった頃。
少年婆娑羅は今からは想像できないが｢模範｣を絵に描いたような真面目で誠実な男だった。
建物の掃除、水汲み、鍛錬、狩り等をてきぱきとこなし、争いを好まず、困っている人がいれば迷わず力になる。
誰に対しても敬意をもって接し、和と掟を遵守し、下手な大人よりよっぽど大人だと言われていた。
言い換えればある意味｢普通｣だったとも言える。
……周囲がイロモノだらけだったともとれるが。
傍から見ている分にはいつも割を食って損しているようにも見えていたかもしれない。
神座や天弦の起こすバカ騒ぎに巻き込まれたことも、一緒に叱られた数も一度や二度ではない。
しかし彼も周囲も常に笑顔と共にあり、身も心も豊かに育んでゆく幸せな少年時代を過ごしていた。
里での生活に不満など無かったが、満ち足りていたかと聞かれればそうでもなかったかもしれない。
普通、平坦、順調……彼の人生はそんな感じだったが、婆娑羅はそれを悪い事とは思わなかった。
｢和をもって尊しとなす｣
これが婆娑羅の信条であった。
どんな人でも好きになれるように、誰からも好かれる人間になれるよう心掛け、努力した。
そんな彼がどうしても好きになれなかったのが｢軽薄な男｣だった。
｢中身のない男｣と言い換えてもいいだろう。
誠実さに欠け、薄っぺらでチャラチャラした男。
およそ彼の最も嫌う人間性というのがそういうものだった。
こういった人間がいると真面目に努力する人がまるでバカみたいだと感じるからだ。
もしこの頃の彼が現在の婆娑羅の姿を知ったならば卒倒したかもしれない。
故に、口に出すことは決して無かったが自分の名前もあまり好きではなかった。
望むままに自由に生きてほしいと願い名付けられたそうだが、和とは程遠い意味合いだったからだ。
誰よりも真面目に誠実に生きていた｢普通の｣少年、婆娑羅。
そんな彼の運命を大きく変えることになる、■と■■の物語。
・[第一節]
とある日の早朝、婆娑羅は普段より早起きしてしまい、二度寝するのもなんだと思い
朝の運動も兼ねて釣り竿と弓矢を持ち、食料の調達に山に出ていた。
彼は山が好きであり、小さい頃から毎日のように山で遊んでいたので今となってはもう庭のようなものだ。
皆には秘密にしている釣りの穴場を目指して道なき道を進む。
季節的にに流石に少々寒いが、早朝の誰もいない、世界に自分一人だけがいるような特別な空気が好きだった。
一人で釣り糸を垂らしてのんびりと過ごす時間を想像し、小さく心躍らせた婆娑羅は川の流れる音が近くに感じてきた頃に足を止めた。先客がいたのだ。
後ろ姿では詳細は確認できないが里の家族ではないことはすぐにわかった。
敵対する異教徒である可能性を考え、気配を消してその場を後にしようとした。
しかし婆娑羅の目論見は大きな衝撃と共に失敗に終わる。
なんとも不運なことに真上の木からうっかり手を滑らせた猿が婆娑羅に直撃したのだ。
河原にいた人物は驚いて振り向いた。視線の先には頭を押さえる少年と全速で走り去る山猿。
一瞬でおおよその状況を理解することは難しくなかった。
「だ、大丈夫？…あ、もしかしてこの辺りに住んでる人？」
婆娑羅は走りゆく猿を恨めしく見つめていたが声をかけられ、思考を切り替える。
件の先客は自分と変わらぬ歳の女の子だった。
長い黒髪をポニーテールに纏め、和装に身を包んでいる。
印象的だったのは顔や腕に巻かれた包帯。端からわずかに覗く痕を見るに火傷の痕のようだ。
武器を持っている様子も見られなかったため、ひとまず警戒を解く。麓の町の子だろうかと考えた。
「ん、俺は……そうだね、あの辺に住んでる…人だよ。君は？」
山の上の方を指差して言う。
名前を咄嗟に伏せてしまい、喋り方が些か不自然になってしまった。
知らない人間に不用心に名前を教えるべきではないと大人たちに言われていたからだ。
しかし女の子は特に気にする素振りも見せず、笑みを浮かべると
「ん、私は……そうね、あの辺に住んでる…人だよ！」
町のある方角を指さしながらそう言った。
最後の方は段々声が上ずっており…程なくして二人は同時に吹き出すのだった。
：
「えー、どうしても名前教えてくれないの？」
「ごめんね、信用してないとかそういうわけじゃないんだけど…色々と事情があって」
「ふーん、もしかして何か宗教関係の都合だったりする？」
「…どうしてそう思ったのかな」
「麓の町でも何か宗教に関わってる人が多くてさ、色々面倒なルールとか習慣に縛られてる人が
多いから…それ関連でなんとなく？」
「まぁ…そうだね、そんな感じと思ってもらってていいよ」
「はっきりしないなあ、じゃ私の名前も教えてあげなーい」
河原の大きめの岩の上にて。
そんな会話を続けながら婆娑羅は釣り糸を垂らしていた。
この子はやはり麓の町に住んでいるらしく、実家の呉服屋を手伝って暮らしているそうだ。
この場所へ辿り着いたのは気まぐれに散策した結果らしく、つまりはたまたまだった。
一人で楽しむ予定ではあったが、偶然知り合ったこの子と話しながらの釣りも存外楽しかった。
「よくここで釣りしてるの？」
「うん、秘密の穴場だよ。この辺りは美味い魚が沢山釣れるんだ」
「ふーん…」
そう言って脇に置かれた未だ空っぽのバケツを見やる。
「とてもそうには見えないけど？」
「う、うるさいな 今日は調子が悪いんだよ……多分」
「あはは」
習慣としてほぼ毎日釣りをしている婆娑羅だがその実、釣りは下手くそだった。
「ちょっと貸して。お手本ってやつを見せてあげるから」
「……」
婆娑羅は渋々釣り竿を貸し、その子の釣りの様子を眺めていた。
程なくして女の子は魚を釣り上げる。一匹、二匹、三匹……
実際よく釣れる穴場であることは確かだったようだ。惜しむらくは婆娑羅の腕前のみ。
「フィーーッシュ！よしこれで十匹！どんなもんだい！」
「正直素直に驚いてるよ、本当に上手いんだなあ…」
「にひひ。師匠って呼んでもいいよ」
「師匠って呼ぶほどまだ尊敬してないかなぁ……」
釣り糸の先で暴れている鮎を見ながら考える。
「じゃあアユちゃんって呼ぼう」
「うわ適当！んじゃ君のことは……ハゼ君って呼ぶね！」
「ハゼ……まぁ、もうそれでいいよ」
指導を受けつつ竿を交代で回しながらそんな会話を続けていく。
意外にしっかりした指導で、上達を実感できる。
そのうち婆娑羅はどうしても気になっていたことを聞かずにはいられなくなった。
「あのさアユちゃん、答えにくい事かもしれないんだけど…」
「ん？」
「その包帯の…えっと、怪我は…」
「あーこれ？うん、火傷だよ。半年くらい前だったかなあ？」
婆娑羅の想定を外れ、ケロリとした顔で話し始めるアユちゃん(仮)。
思ったほど気にしてなかったのかもしれないと考え、黙って話に耳を傾けた。
「夜中にうちの隣の家から火が出てさ、しかも火元は通行人の捨てた煙草、冗談みたいだよね。うちの家族は皆無事に外に出られたんだけど隣の家の子供が逃げ遅れちゃってさ、助けなきゃ！と思って燃えてる家に突撃しちゃったの」
婆娑羅の記憶に思い当たるものがあった。
確かに半年ほど前に山の麓の方で煙が上がっているのを見た記憶がある。
「すごい行動力だね…大人の男でもそうはいかないんじゃないかな」
「あはは、真似しないほうがいいよ、後でめっちゃ怒られたし。それで続きなんだけど、子供見つけて抱えて外に出ようとしたところで燃えた建材が倒れてきてさ、咄嗟に空いてた腕で防いだんだけど、まぁ結果はこの通り。腕と顔に結構ひどい火傷負っちゃったけど子供は軽い火傷で無事救出できたし、これはいわゆる名誉の負傷というやつね！」
腕と顔を指し、得意げな笑みを浮かべるアユちゃん。その痛々しい傷跡を見ながら思わず
「かっこいいなぁ……」
そう呟いていた。
「か、かっこいい？」
「うん。不謹慎かもしれないけど、男はそういう武勇伝的なのにちょっと憧れちゃったりするものなんだよ」
「あはは…お、女の子を褒める言葉にかっこいいっていうのはどうかな…？
それにほら、よく見ると結構グロいし…女の子の肌がこんなだったりすると引いたりしない？」
「まさか。引く理由が無いよ。それに傷跡に対して可愛いって言うのも違くないかな？」
「そ、それもそうね…あはは……そうか…かっこいい、か」
かっこいいなどと言われるとは思ってなかったのか、何とも言えない表情で目を泳がせる。
……女の子の肌に消えない傷跡が付いたのだ。やはり気にしていないはずは無かった。
膝を抱えて座り、落ち着かなげに身体を揺らしていたアユちゃん。
傍から見るとなかなかに奇妙な動きをしていたが、不安定な岩の上だったためかバランスを崩してしまった。
「あっ……」
「……！」
婆娑羅は素早く救助に動き出しながら同時に状況を確認、整理する。
岩の高さはさほどではない。しかし落ちる先には硬く角ばった石がゴロゴロしている。負傷は免れないだろう。
咄嗟に左腕を伸ばして飛びつき、アユちゃんを抱きかかえるようにして地面と彼女の間に自身の身体を割り込ませた。
「痛…っ！」
鈍い音と共に地面に激突する。鋭い激痛を感じたがともかくアユちゃんの安否を確認する。
どうやら怪我は無いようだった。
「平気？」
「う、うん…ありがとう……あっ、ハゼ君、腕…！」
「うん？」
言われて腕を確認する。
左腕の手首あたりから前腕の半ば程までザックリと切れ、血が凄いことになっていた。
超痛かったが、幸い外側だったので動脈には大事なかったようだ。
婆娑羅は女の子に心配をかけまいと瘦せ我慢を選んだ。
「あぁこれ、平気平気。そんなことよりアユちゃんの肌に新しい傷が付かなくてよかったよ、わはは」
「馬鹿！早く傷見せて」
「あっ はい」
彼女の剣幕に思わず真顔で従ってしまう。思いきり心配されてしまった。
川の水で傷口の砂利を落とすと彼女は懐から取り出した新しい包帯を慣れた手つきで左腕に巻いてゆく。
「もう、無茶して！」
「それを君が言いますか」
チョップされた。
一通りの処置が終わり、アユちゃんは包帯の巻かれた腕をじっと見つめる。
「…？」
しばし黙って見つめていたが、やがて
「名誉の負傷、というやつかな？」
と、こぼした。
「にひひ、かっこいいね、おそろいだぁ」
「……」
向けられた笑顔に婆娑羅は心臓が突き上げられるような衝撃を感じた。鼓動が痛いほど速くなる。
少年は(∵)←こんな顔で固まってしまっていた。
後になって自分の台詞に恥ずかしくなったのか、師匠は照れ隠しと言わんばかりに傷を包帯の上から軽く叩く。
「あォッフ！！」
「私、そろそろ帰るね！そろそろ朝ごはんの時間だし！」
それだけ言って素早く去ろうとするアユちゃん。
しかし10メートルほど離れた位置で足を止め、振り返る。
「あのさハゼ君、また明日もここに来る？」
「た、多分…？雨とか降ってなければね」
「そっか、じゃまた明日ね！」
そう言って走り去る彼女を婆娑羅は痛む腕を押さえながら見送るしかなかった。
「おぉ痛てて…」
やがて痛みが治まると婆娑羅は諸々の荷物を背負い、踵を返して帰路につく。
「また明日、か…」
そう呟く婆娑羅の表情はにこやかなものだった。
・[第二節]
あの出会いから早数週間。
二人は毎日のように同じ場所で会っては話をしていた。
婆娑羅は勿論このことを里の誰にも教えていない。からかわれるのが目に見えていたからだ。
楽しく笑い合っていたかと思うと、不意に近付きすぎた顔に驚きドギマギもする。
この二人は実際、既に好き合っていたのだが…まだどちらも明確に気持ちを伝えたわけではない。
それどころか出会った日の転倒事故以来、互いに触れたことすらなく、なんと名前もまだ教えていない。
アユちゃん呼びとハゼ君呼びが板についてしまい、名前を聞こうにも機会を逃してしまっていたのである。
この逢瀬を覗き見ている者がいたならば背中を蹴飛ばしたくなるような奥手っぷりであった。
そんな日々を送っていた二人。季節が秋から冬に移ろうかという時期のある日のこと。
「ねえ、ハゼ君」
「ん？」
「実はここ数日頑張って作ってた物があってさ、もう少しで完成するから今夜ここに取りに来てよ」
「今夜？夜の山は流石に危ないよ、明日じゃダメなの？」
「平気平気、それにせっかく頑張って作ったんだからちょっとでも早く感想聞きたいじゃない」
「そ、そうか わかった。じゃあ今夜ここにまた集合ね」
「それとね、その時一緒に伝えておきたいことがあるから、絶対すっぽかさないでね！」
「伝えたいこと？」
「にひひ」
悪戯っぽく笑うと彼女は上機嫌な足取りでその場を後にしようとする。
「じゃあ今夜の…そうね、9時くらいにまたここで！」
それだけ言うと返答を待たず走り去ってしまった。
またしても黙って見送る形になってしまった婆娑羅。
「渡したい物に伝えたいこと、ね…」
まだ15歳とはいえ婆娑羅もそこまでにぶちんではない。
温かい期待を胸に上機嫌で家路についた。
：
時刻は昼前。
麓の町に着き、家を目指して小走りするアユちゃん。
途中で一人の男に呼び止められる。普段お世話になっている近所の魚屋のおじさんだ。
「やぁ、相変わらず今日も元気そうだね」
「あ、おはようございまーす おじさん！あれ？そろそろこんにちは、かな」
「はは、怪我のこと気になってたんだけど、もう不要な心配かな。
そういえば風の噂で聞いたんだけど、最近新しく出来た友達とよく山奥で密会してるんだって？」
「そ、そうだけど、今ちょっと変な想像したでしょ！そういうのじゃないから！
釣りの穴場とか、山菜採りのコツとか教えてもらってるだけで……！」
動揺を全身で表しながら喚き散らすアユちゃん。あまりの必死さにおじさんも思わず笑みがこぼれる。
「へぇ、釣りの穴場かあ…もしよかったらおじさんにもこっそり教えてくれないかな？」
：
里に帰ってきた時、いつもは黙って座っている門番役に声をかけられた。
「…ム、帰ったか 大事なかったようだな…婆娑羅」
「ん？どうしたの武佐五郎、何かあった？」
「近頃…周囲の山林を不審な人物がうろついているという噂を聞く。もし仮に敵対する異教徒が何か良からぬことを企んでいるのだとしたら……遭遇すれば何も起こらんということはないだろう」
「……」
もしやアユちゃんのことが不審者として噂になってしまっているのだろうか。
しかし本当に敵対勢力がうろついている可能性もある。警戒しておく必要はありそうだ。
「ん、わかった。気を付ける」
「うむ…」
そう言って武佐五郎は見張りの仕事に戻った。
「(まさか夜中に出かける予定があるとは、流石に言えないよなあ)」
そう思い苦笑しながら婆娑羅は自分の部屋に戻ることにした。
：
夜7時頃。
出来上がっていた例の｢物｣を抱えたアユちゃんは、時間には早いが人目を避けてあの場所を目指していた。
隠れているのは、こんな夜中に山の中に行くことを親が快く思わないのはわかりきっていたからだ。
「喜んでくれるかなぁ……逆に引かれたりとかしたらどうしよう……」
期待と不安を織り交ぜた呟きを零しながら足早に進む。
町はずれに出たあたりで足を止めて身を潜める。人の気配がした。
そっと覗きこんでみると10人ほどの男たちが集まって何かヒソヒソと話をしていた。
その中には魚屋のおじさんもいた。
「(何してるんだろう……？)」
好奇心で聞き耳を立てる。
しばらく聞いていると話し声の輪郭がだんだん掴めてきた。
「今日……ちゃんに教えてもらってね、例の教団のガキが釣りに……
穴場の川……。整地も……てない場所だ……誰にも見つか……無いだろう」
「里に水を……てる……上流から……頃合いを見計……毒を流……奴等を
一網打尽に……る…我ら…神…仇なす蛇……に……、……、……………」
……
……なんだろう、すごく不吉な話をしている気がする。
……穴場の話…教団？そういえばハゼ君の住んでるところも何かの宗教関係で……
……毒を流して、一網打尽……？おじさん達は、人を…殺そうとしてるの……！？
……何故…？異教徒だから…？……そんな、そんな理由で！？
……大変だ、早く、知らせないと！！
逸る気持ちを抑えきれず、駆けだす。
しかし異常な事態に冷静さを失っていたようで、足音にまで気を配っていなかった。
「「！……！！…………！…………！」」
見つかった、追われている、気がする。
「(怖い…！怖い…！怖い…！)」
捕まれば何をされるかわからない、必死に足を動かして逃げ続ける。
「(嫌だ…！嫌だ…！嫌だ…！)」
走る。走る。走る。
「(助けて…！助けて…！たす )」
ドン、ドン、ドン、と
乾いた音が夜の山に響いた。
・[第三節]
とっぷりと日が暮れ、夕食が終わった頃。
婆娑羅は周囲の目を盗みこっそりと里を抜け出し、約束の場所へと向かう。
武佐五郎の忠告もあったので一応、武装しておいた。
空の雲行きが若干あやしい気がしたが、荒れる前には帰れるだろうと気に留めなかった。
いつもの河原に着く。
逸る気持ちを抑えきれず結構早めに来てしまったが、遅れるよりいいだろう。
そう思って歩を進めると向かう先に人影を確認した。きっとアユちゃんだ。
「(どっちも考えることは一緒か)」
そう思い、嬉しくなって走り寄るが、近付く途中で様子がおかしいことに気付く。
苦しそうにうずくまっている…ように見えた。それにこの鉄分の混じったような…異臭。
「アユちゃん？」
そう声をかけ、肩に手を触れる。
べちゃり、と嫌な感触がした。この感触と匂いには覚えがある。
これは、人間の、血だ。
婆娑羅の姿を確認すると安心したのか膝から崩れそうになるアユちゃんを慌てて支えた。
よく見ると全身至るところに出血が確認できた。…衣服の殆どは血に染まってしまっている。
「アユちゃん!?どうした、何があった！おい！」
背中を支えながら問いかける。
肩と胸を弱々しく震わせ、ひゅうひゅうとようやく呼吸している状態で、時折えずくように吐血もしている。
出血箇所には何かが撃ち込まれたような跡がある。自然の何かによるものではないだろう、これは
「(銃か…！)」
何故こんなことに。だがそんなことより治療が先決だ。
「待ってろ、今医者を…！」
そう言って去ろうとする婆娑羅の袖をアユちゃんの手が掴んだ。
首を横に振っている。
認めないように目を背けていた事実を彼女自身が肯定してくる。
素人でもわかる。
この出血量は……明らかに手遅れだ。
「………ッ」
パクパクと口を僅かに動かしている。何かを伝えようとしているのに気付き、震える唇に耳を寄せた。
「ハ、君…の家…里…が危……い……」
「！？」
液体まじりの小さな囁きではあったが確かに聞き取れた。…｢里が危ない｣。
突然の警告に訳が分からなくなったが、言葉の続きを待った。
今にも消えそうなか細い声だったが、絞り出した言葉から必死に情報を整理する。
異教徒。川。上流。毒。虐殺。
追手は闇に紛れることでなんとか撒けたらしい。
そいつらも見失ったネズミのことなど早々に見切りをつけ、目的地を目指しているだろう。
…なんということだ。
この子にまるで関係のない、大人の勝手な都合で、アユちゃんのたった十数年の人生が終わろうとしている。
全ては自分の手の届かぬところで起こったこととはいえ、ぶつける先のない後悔と怒りがちりちりと心を焦がす。
様々な感情と情報が渦巻き、頭がグチャグチャに搔き乱されていく婆娑羅。
里の危機は当然無視できない。しかし彼女をここに置いていくことも、できなかった。
するとアユちゃんは懐から何かを取り出し、震える手でこちらに渡してきた。
「これ…朝、言ってた…やつ、出来た、から、あげる……ね」
それは上等な素材で作られた長い布…おそらくはマフラー…だろうか。
「うちの店に置いてある素材……勝手に使って作ったの。にひひ、後でばれて、怒られるかなあ…
ちょっと長く…作りすぎちゃったけど…これなら、大人になってからも、使えるよね」
元々赤い布で作られたのか…それとも血で染まりきってしまったのか、暗がりでは判別できなかった。
大人になってからも使えると言うが、それを考慮してもいくらなんでも長すぎる気がした。
「もしかしてさ…これって、二人用？」
鼻声で問いかける婆娑羅に彼女は照れくさそうに笑う。
「あー…恥ずかしい…我ながらクサいこと考えてたなって、思うよ
これからどんどん寒くなるし…雪が降ってる夜とかに二人でこれ巻いて
お話とかできたら、ロマンチックだなあ、とか……引いちゃった…？」
引く筈がない。婆娑羅の肩が震える。
込み上げる感情は相変わらずぐしゃぐしゃだったが、喜びと感動であることは間違いなかった。
しかし状況が状況だけに素直に喜んでいいものか、判断が付かなかった。
結果として、しばしの沈黙が流れた。
アユちゃんは血を吐いて激しく噎せ始めた。……いよいよ限界が近付きつつあるのだ。
「ねえ、ハゼ君……名前……教えて？」
不意に目の奥が熱くなる。もっと早く伝えてあげられていれば…などと今さら後悔しても遅い。
しゃくりあげそうになる喉をかろうじて抑えながら、聞き逃すことの無いように耳元で伝える。
「……婆娑羅」
「ばさら……にひひ、かっこいい名前、じゃん。隠すことなかった…のに…」
嬉しそうに噛みしめている。
もう目が見えてるかもわからないが、うなずきで応える。
「ねえ婆娑羅…初めて会った日、覚えてる？私、幸せだったよ」
「(……う)」
「顔に、こんな火傷しちゃってさ…あーあ、女の子としてこれはもう……とか、ふんわり絶望してたんだけど」
「(それ以上、言わないでくれ)」
「婆娑羅に会ってさ、大切にされてるなあ…って感じて、かっこいいって言われて、嬉しくって…楽しくて…」
「(そんな、まるで最期に残す言葉、みたいに……)」
事実、最期の別れの言葉であることは婆娑羅も理解していた。
彼女はこれから……間違いなく、死ぬ。
すぐそこまで来ている絶望に対し、思考が激しい拒絶反応を示している。
アユちゃんは細く長く、息を吸う。
婆娑羅は直感で理解する。
次に出す言葉が、彼女の正真正銘、最期の言葉であると。
「優しくて、かっこよくて、だけど見栄っ張りなところもあって……」
今にも消えそうな…か細い呼吸と同じ声量で、絞り出す。
「心から楽しそうに笑って話をする貴方が……大好きでした……！」
血に塗れた顔で最期に選んだ表情は……精一杯の泣き笑い。
「俺は……俺…も……！」
強く握ったアユちゃんの手に体温は感じられず。
「……君が好きだ。最後まで、一緒にいるよ」
言った。
抑えようとしても嗚咽が止まらない。
鼻をすすりながらの、ずいぶんと格好の悪い愛の告白だ。
鼻水を垂らした無様な顔で、無理矢理笑顔を作る。
握り返す手に一瞬、力を感じた。
消えゆく彼女の意識に果たして気持ちは届いたのか。
たった今思いを伝えた女性(ひと)は、既に息をしていなかった。
握り返す手から力が失せる。
「…………あ」
心から愛した、名も知らぬ｢アユちゃん｣は婆娑羅一人に看取られて、静かにその生涯を終えた。
「 あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ 」
二度と戻らない、取り返しがつかない。
重くなった｢もの｣を抱えながら天を仰ぎ、愛する女性の血に塗れた掌で顔を覆う。
涙と鼻水と涎で、ぐしゃぐしゃだった。
見捨ててくれればよかったのだ。里や、俺のことなんて。
危ないじゃないか。人を沢山殺そうとしている連中だぞ。関わろうとせず遠く離れておけばよかったのに。
「ア」
まさしく生きる希望そのものとなっていた想い人が、永遠に触れ合えない場所に行ってしまった。
逃げてほしかった。
生きていてほしかった。
…
……
(俺なんかと関わらなければ)
即座にその言葉を握りつぶす。
その考えだけは、許すわけにはいかなかった。
自分と会って幸せだったと、彼女はそう言ったのだ。
：
傍から見れば。
生きていればこれから何度もあるであろう、出会いと別れのひとつに過ぎなかったかもしれない。
なにせ知り合って数週間の友達が死んだ。身も蓋もない言い方をすればそれだけの話なのだ。
しかし婆娑羅にとってそれは死に等しい深い絶望。
彼の心は奥底から生まれて初めて絶望の慟哭をあげていた。
：
暫し、婆娑羅は同じ体勢のまま固まっていた。
「……婆娑羅」
何ゆえか自分の名を呟く。
「望むままに自由に…生きてください…と……名付け……」
電池の切れた玩具のような声で呟き続ける。
…
……
……異教徒……里……殺…………敵……？
………
…………
たかが、そんなことのために。
「…………………」
「……………………………………」
月明りでかろうじて光を宿していた瞳が、流れてきた雲によって完全に光を失った。
もたげた首で川の上流の方角を臨む。
「ごめんねアユちゃん、同じところには……行けないかもしれない………」
その表情に既に温度は無く。
厚い雲が空を覆い、雨が激しく降り始めた。
豪雨が顔の汚汁を、洗い流した。
・[第四節]
目覚めると見慣れた天井が目に映った。
頭がぼーっとして意識が定まらない。
踏ん張って身を起こしてみればどうやら里の自室のようだった。
程なくして里の仲間がやってきて事情を説明してくれた。
ぼやけた頭では言葉を咀嚼するのに時間がかかったが、
突然行方不明になっていた自分を探すべく捜索隊が駆り出されたらしい。
獣道すらない茂みの中に倒れていたそうだが、なんと愛馬が単騎で見つけてくれたらしい。
大した奴だ。
不審人物の噂のこともあり、事件性が疑われていたが否定した。
自分が勝手に外出して勝手に遭難しただけだと、嘘をついて。
無論めちゃくちゃ怒られたが、ひとまず無事でよかったと安心してもらえた。
雨に打たれながら倒れていたので当然のように風邪をひき、ひどい高熱が出ていた。
快復するまで安静にしているように言われ、頷く。記憶を整理する時間が、欲しかった。
あれはもしかして夢だったのか。
そんな淡い期待はすぐに否定される。汚れた赤い布が枕元に畳んで置いてあったからだ。
天井を見つめながら記憶を掘り起こしていく。
胸にぽっかり大きな穴が開いてしまったような喪失感と共に思い出してゆく。
最愛の人の死、異教徒、川、毒、そして告白……不思議と涙は出なかった。
何かまだ大事なことを忘れている気がする……
身体を治したら｢あの場所｣に行ってみよう。きっと思い出せるはず。
：
数日後、婆娑羅はいつもの河原に来ていた。
ぼやけた記憶を頼りに｢それ｣を探す。見つけ出すのにそう時間はかからなかった。
土が一部だけ掘り返されたような状態になっており、その上には大きな石が重ねてあった。
彼女の墓である。
殆ど記憶にないが当然作ったのは自分だろう。
墓標代わりに立てられた大きな石には血で汚れた包帯が巻き付けられていた。
込み上げるものを抑え込み、婆娑羅は墓の前に立って周囲を見渡した。
何か記憶を掘り起こす手がかりがないかと、
やがて目に入ったのは遠くに聳える断崖絶壁。
何かが記憶に引っかかり、しばらく見つめていると
「ウ……ッッ！！」
突然口元を押さえて近くの茂みに急いで移動し、吐瀉物をぶちまけた。
「ゲ、ェエーーッ！ゲ……ホッ！！」
胃が裏返るかと思うほど暴れる。
やがて吐き出すものが無くなり、息を整え、口元を拭う。
そうだ。
全て、思い出した。
・[第五節]
月明りすら届かぬ夜闇が支配する森の中。
野を駆ける獣が一頭。
長く赤い尾を揺らしながら疾駆する。
豪雨と闇の中、生い茂る草木や泥などものともせず流れるように駆け抜けていく。
その目で探り、追うは痕跡、痕跡、痕跡、痕跡……
生まれて以来、山と共に育った獣はどんな小さな痕跡も逃さず｢獲物｣を追跡する。
やがて｢獲物｣を発見する。なにやら大荷物を運んでいるようだが、興味なし。
獣は弓に矢をつがえて引き絞り、放つ。
一穿、二穿、三穿。
脳幹を正確に撃ち抜く。無論即死である。
混乱する烏合の衆を間を置かず処理する。
四穿、五穿、六穿。
獣は考えない。ただ思うだけ。
死ね。
(そんなことをして何になる)
死ね。
死ね。
(復讐は何も生まない)
死ね。
死ね。
死ね。
(こんなことは誰も望んじゃいない)
良心という名の一般論が脳内に響き続ける。耳障りだった。
一念に殉じ、ただ、ただ、命を刈り取ってゆく獣。
否、｢殺したいから殺す｣のは獣以下だ。人の形だけした醜悪な畜生。
気付けばそこには己以外の死が転がっているのみだった。
畜生は衝動に身を委ねただけ。そこには何の感慨も無かった。
生憎と腹は空いていなかった二本脚の畜生。
殺しただけのこの肉は、その辺の獣様がそのうち片付けてくれるだろう。
それだけ思うと、肉塊に対する興味を失い、手近な崖から蹴落とした。
それからのことは、覚えていない。
・[第六節]
殺した。殺しに殺した。
僅かに手に残る｢手応え｣が再び吐き気をもたらす。
飲み込んだ吐き気の代わりに大きな息を吐いて堪える。
(そんなことをして何になる)
(復讐は何も生まない)
(こんなことは誰も望んじゃいない)
自分で自分に向けた言葉が己を責める。
憎かった。許せなかった。それは間違いない。
しかし時が経ち、頭は冷えてあの激しい衝動も消え失せ、
後に残ったのは終始自分を責め続けていた良心のみだった。
人の形だけした醜悪な畜生。
まさしくその通り。
(殺されたら殺し返すのは当然の復讐だ)
(先に仕掛けたのは敵だ。やらなければ皆がやられていた)
(何も間違ったことはしていない)
否、否、否。
次々と湧き上がる言い訳を全て切り捨てる。
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら頭を抱え、強烈な自己嫌悪に陥る。
「…………」
不意に立ち上がり、救いを求めるようにアユちゃんの墓の方へ向かう。
墓石に背を向けて座ると、婆娑羅は長いマフラーを墓石と自分の首にかけた。
長すぎるマフラーは、｢二人｣を問題なく包んだ。
「(……温かいね)」
実際には石も空気も冷たかったが、婆娑羅は胸の奥がじんわり温かくなっていくのを感じていた。
胸に開いた大穴を優しい何かが満たしてくれる感覚。
正常に戻りつつある思考でこれからのことを考え始めた。
許されるなら悲しみに圧し潰されるまま、餓死するまででも塞ぎ込んでいたかったが。
｢(皆に同情でもされたいのか、ふざけろ)｣
弱気を一蹴する。
正直、落ち着きを取り戻した今でも己を殺したいほどの自己嫌悪に苛まれているが、
｢死んで会いに行こう｣などとは微塵も考えなかった。
それこそ論外だ。周囲に迷惑と心配しかかけない、身勝手極まりない暴挙である。
なにより彼女がそんなことを望むはずがない。
彼女のおかげで皆を救えたのだ。救われた皆に悪いと思うことはしたくない。
しかし…救ったものの中にたったひとり、誰よりも守りたかった人はいないのだ。
一気に開こうとする涙腺を歯を食いしばって止める。涙はもう十分流した。
優しくて、かっこよくて、見栄っ張りで、
楽しそうに話をする自分が好きだったと、あの人は言った。
人の形だけした醜悪な畜生に成り下がった今、そんな生き方が出来るだろうか。
それでも考え続ける。
「なぁアユちゃん、一緒に考えてくれよ」
墓石に後頭部をゴツンとぶつけ、空を見上げてそう呟く。
無論ただの石がものを言うはずもなく。
ただ背中に石の冷たさが返ってくるのみだった。
・[第七節]
朝7時頃、里に帰ってきた婆娑羅。
既に起き、活動を始めていた翡翠がその姿を確認し、声をかけてきた。
「あ、おはよう ばさ兄、風邪はもう大丈夫なの？」
「お、翡翠ちゃんおはよう、相変わらず今日も可愛いね！
体調ならホラこの通り、もう看病してもらえないかと思うと残念だなあ」
数瞬、時が凍る。
「……………」
あまりの豹変ぶりに呆気にとられる翡翠。
そんな様子を気にするでもなく婆娑羅は歩き去っていった。
行く先々で女性に軽い言葉を投げては同じく絶句されるか、軽くあしらわれている。
あれではまるで婆娑羅の言う｢軽薄で中身のない男｣。たしかそれは彼の最も嫌う人種ではなかったか。
一部からは「熱で頭がやられてしまったのではないか」と言われていた。
｢大人への階段を登ろうとしているのだろう｣と言う者もいる。
無根拠な噂にすぎないその説で里の皆はひとまず、自分の中で納得していく。
やがて誰も追及しなくなっていった。
：
あの場所で婆娑羅はこれからの生き方を主に二つ定めた。
まずは、最も嫌っていた｢軽薄な男｣となるというもの。
理由はいくつかあるが、己への罰というのが主だった。
明るく優しく楽しく、罪に苛まれて生きていくには、これが良い。
次に、｢もう二度と恋はしない｣こと。
あのような思いをもうしたくない、というのも勿論あるが。
思い出と絆を上書きして忘れてしまうようなことは絶対にしたくなかった。
かといって女性を避けたり蔑ろにするのも違う。
それはあの人が好いてくれた婆娑羅のすることではない。
ならばこれも、自身の嫌う｢軽薄な男｣になればいい。
女と見れば誰にでも声をかける、こんな男を誰が本気にするものか。
自身に向けられる｢本気｣は、ただひとつあればいい。
かくしてお調子者の軟派男、婆娑羅はここに生まれた。
優しくて、かっこよくて、見栄っ張りで、楽しそうに話をする、
｢真面目で誠実な婆娑羅｣は、この時死んだのだ。
・[外伝〜舞華晴〜]
婆娑羅の愛馬である舞華晴(ﾌﾞｹﾊﾗｽ)。
この雄もまた、その荘厳(すぎる)外見に違わぬ気高き名馬であった。
しかし今では男性を背に乗せるのを嫌がり、女性ばかり喜んで背に乗せようとする
スケベ野郎に成り下がっていた。
婆娑羅が生き方を変えて数年後、
どこでどう育て方を間違ってしまったのだろうと婆娑羅は首をかしげながら今日も
蹴られて踏まれて噛み付かれながら愛馬の世話をする。。
「……やっぱり、こんな俺はお前も嫌か？」
苦笑しながら寂しそうにぼそりと零す。
「……すまん、今のナシ、忘れてくれ」
うっかり僅かに漏れてしまった弱音を飲み込む。
当然、言葉を持たぬ馬から答えなど望めるはずもなく。
しかし、何故だかそれを聞いたあと舞華晴は一度も攻撃してこなかった。
誰も認知していないが、舞華晴が変化を始めた時期は確かに存在する。
それは婆娑羅が15歳の時。
つまり、｢あの時｣からである。
：
舞華晴は困惑していた。
まだ幼いながら尊敬できる人間と思っていた主の、突然の豹変にである。
最初の数日は別人なのかと本気で疑って距離をとったほどだ。
しかし長年付き添ってきた相棒のこと、言葉の通じぬ分、感じるものがあった。
明るく振舞っている 、楽しませようとしている 、好かれようとしている 、
そして、自分自身の事が、大嫌い。嫌いで嫌いで、仕方が無さそうだった。
常に笑顔を絶やさない主の背中には深い悲壮感しか感じられなかった。
寂しそうだった。
そこで舞華晴も決めたことがあった。
傍にいて支えていようと思った、この、いつ崩れるともわからない主を。
少しでも寂しさを紛らわせてくれればと、｢同じ｣に振舞ってみようと思った。
雄に厳しく雌に優しく、人の言うことを聞かず、騒がしく。
主の言葉ひとつ解することのできない馬である身で、
事情など何もわからないが、わからないままに。
気高きじゃじゃ馬は、｢主｣の帰りをいつまでも傍で待つことにした。
・[第八節]
7年後、婆娑羅 22歳。
あれから毎年、彼女の命日には何があろうと必ずあの場所へ赴き、
墓石と自分の首に赤い布を巻いて座り、虚空を見つめて時間を過ごしていた。
こちらを優先して特別な祭事などもすっぽかしたことがある。
当然周囲から手痛いお叱りを受けたが、彼にとっては些事だった。
血の染みたこの赤い布はずっと身に着けているわけではない。
頑丈な箱に丁寧に畳んで入れ、自宅に厳重に保管してある。
アユちゃんの墓を訪れる時のみ、こうして取り出し、首に巻いている。
この繋がりを伴ってあの場所に行けば、
少しでも近くに感じることができるかもしれないと思ったから。
声でも、匂いでも、霊魂でも。なんでもいいから感じたかった。
今に至っても、ついぞ感じることはただの一度も無かったが。
あの日以来、｢真面目で誠実な婆娑羅｣は出口のない心の闇に沈められている。
今ここにいるのは、｢お調子者で軟派な婆娑羅｣の仮面を被り、演じているナニカ。
ある種の呪いに生かされているだけの人形に等しい。
しかし婆娑羅はこの｢純潔｣という名の呪いを、後生大事に抱えていた。
今に至るまで性交渉は勿論、接吻すらしたことはない。
この純潔を捧げるべき相手は既に決まっている。
抱えた呪いを守り抜き、天寿を全うする。
そうすればきっと閻魔様とやらも自分を許してくれる。
畜生の身でも、天国へと行かせてくれるはずだ。
そして｢そこ｣で必ず、待っていてくれる人に会いに行く。
山ほどの土産話を持って、また二人で楽しく笑って話をするのだ。
婆娑羅が今も生命活動を続けている理由はそれだけだった。
他のことは、すべてがどうでもよかった。
・[第九節]
そして二年前、婆娑羅 23歳。
やがて里に｢あの事件｣が起こる。
里を強襲され大きな打撃を受け、教祖も行方不明。
宗派そのものの存亡に関わる大事件に里は大きく揺れた。
不安が里を包み込んでいく空気。
怒る者、怪我を負って痛みに苦しむ者、その治療にあたる者。
皆がこれからのことについて忙しなく話し合っている。
さすがの婆娑羅もどうでもいいなどと言ってられない事態となったが、
ふと思い出したように自分の部屋に向かって駆けだした。
背筋に冷たいものを感じながら瓦礫をどかし、｢あるもの｣を探す。
「……よかった、無事だ」
心から安堵して瓦礫の山から取り出したそれは金属製の黒い箱。
蓋を開けた中身は想い人の形見である血に汚れた赤い布だった。
何の気なしに婆娑羅はその場でそれを首に巻いた。
無くすまいとする不安か、それとも……何か予感があったのか。
「(力を貸してくれ、なんて陳腐なこと言うつもりもないけど…)」
心なしか、少し元気は湧いてきた。
「(我ながら単純な頭してるな)」
自嘲気味に笑うと、集まっている仲間の元へ歩いて行った。
その後間もなくして、敵を追うため緊急編成された隊に組み込まれ、
武佐五郎、蛇姫、柏の三名と共に里を発つこととなった。
：
四名と四頭が山道を走る。
空はすっかり夕暮れであり、せめて日が沈む前に目的地へ着くためにと
鞭を入れ、多少の危険は顧みず全速力で飛ばしていた。
落ち葉と枯葉を踏む音を鳴らしながら走っていた一行。
走りながら婆娑羅は考えを巡らせていた。
少ない情報を紡いで事件について考察をする。
しかし不安や焦燥といった感情に邪魔されてうまく考えが纏まらない。
「…………くそ」
その途中で、婆娑羅に謎の浮遊感と大きな衝撃が走る。
回る視界、鈍い痛み、そして土の味。要するに落馬していた。
どうやら舞華晴が思いきり尻をカチ上げて婆娑羅を跳ね飛ばしたらしい。
「なんでさ」
「ヒヒン」
皆に呆れられながら乗り直し、旅を再開する。
それから舞華晴は暴れることなく大人しく主を背に乗せていた。
「(落ち着け、って言いたかったのか？)」
緊張が伝わっていたのだろうか。
黙って自分を乗せる相棒の背中はとても頼もしく感じられた。
「大したヤツだよお前は」
全く、自分には勿体ない名馬だ。
そう思って頭をポンポンと軽く撫でる。
その直後、婆娑羅はもう一度山の味を確かめることとなる。
「このくそやろう」
「ヒヒン」
・[第十節]
婆娑羅が土ソムリエになって十数分が経過した頃。
騎乗したまま進める道ではなくなり、やむなく馬を降りて徒歩で進むことになった。
すると一行は山の道中で人を見かける。
道の端で屈みこみ、何か探し物でもしているようで、背格好から察するに女の子のようだ。
「あらあら婆娑羅様、何やら女の方が困ってらっしゃるようですけど？」
蛇姫がそう言って振り向くとそこに婆娑羅の姿は無く、
視線を前に戻すと既に件の女の子の背後に立った婆娑羅の姿があった。
「どうしたの、なにか困りごと？暗くなると危ないし、お兄さんが手伝ってあげようじゃないの！」
大げさに両手を広げて満面の笑みで近寄る。
当人の言動と行動こそ危ない人のそれにしか見えないが、お構いなしに絡むウーマナイザー。
当然その子は驚いたように素早く振り向き、婆娑羅と視線が交差する。
その子の顔を見た、婆娑羅の表情が凍りつく。
「…………？」
突如硬直する不審者に怪訝そうな顔を向ける女の子。
やがて遅れて残りの三名も婆娑羅に追い付いてきた。
「どうしたの婆娑羅、秘孔でも突かれた？」
なんてことを言いながら近寄ってくる柏。無論、本気でそう思ってるはずもあるまいが。
両手を広げた姿勢のまま固まっている婆娑羅をよそに女の子の方へ視線を向ける他三名。
その子は、和装に身を包み、長い黒髪を後ろで纏めている。
そして特徴的なのは身体の各所、及び顔の半分が包帯に覆われていた事だ。
確かに｢普通｣とは違う部分のある娘だが、
三名共に婆娑羅がこうまで硬直する理由がわからなかった。
一方で婆娑羅の頭の中は。
「(そんな、馬鹿な、違う、ありえない)」
目に映る光景にただ、混乱するしかなかった。
「(アユ、ちゃん…………？)」
まるで生き写しのようなその姿に、タイムスリップした錯覚さえ感じた。
そんなはずはない、彼女は死んだ。この手で弔ったのだ。
力の失せた身体の重みも、冷めてゆく肌の感触も……未だこの手に残っている。
目の前にいるのは、たまたま似ているだけの……別人。
……のはずだ。
思考の渦にのまれ、ただ見つめるかたちになっていた婆娑羅。
その子はハッとしたように、包帯に覆われた箇所を隠すように顔を背けた。
「！………違う！！」
思わず大声で言ってしまった婆娑羅と、再び驚く女の子。
気まずそうに目を泳がせながらなんとか言葉を紡ごうとする。
「違うんだ……そういうつもりじゃ、なくって」
「……えっと………」
「なにか、探してるのかな。……手伝うよ。皆も、いいか？」
「……は、はい……指輪、なのですけど……」
何も言わず、少し離れたところで物を探し始める。
皆も首を傾げたが、特に追及はせず、手伝ってくれるようだった。
「(………………)」
視線を落とし、落ち葉を掻き分けながらなんとか、気を落ち着けようとする。
あの女の子の年齢はおそらく15､6歳ほどであろうか。
あれから8年、もし仮にアユちゃんだとして、当時のままの姿の筈がない。
重ねて、当然であるが……別人だろう。
……しかし。
……しかしだ。
偶然と片付けるには、あまりに似すぎていた。瓜二つ、なんてものではない。
理屈のうえでは別人と理解できても、到底割り切ることなど出来そうになかった。
「(………………………)」
「(………………………………………)」
目一杯回しているつもりの思考はただ空回るばかりで。
｢里の危機と想い人の面影｣に、婆娑羅の胸中を再び赤黒い記憶が満たしつつあった。
to be continued....
遡ること10年前、婆娑羅がまだ15歳だった頃。
少年婆娑羅は今からは想像できないが｢模範｣を絵に描いたような真面目で誠実な男だった。
建物の掃除、水汲み、鍛錬、狩り等をてきぱきとこなし、争いを好まず、困っている人がいれば迷わず力になる。
誰に対しても敬意をもって接し、和と掟を遵守し、下手な大人よりよっぽど大人だと言われていた。
言い換えればある意味｢普通｣だったとも言える。
……周囲がイロモノだらけだったともとれるが。
傍から見ている分にはいつも割を食って損しているようにも見えていたかもしれない。
神座や天弦の起こすバカ騒ぎに巻き込まれたことも、一緒に叱られた数も一度や二度ではない。
しかし彼も周囲も常に笑顔と共にあり、身も心も豊かに育んでゆく幸せな少年時代を過ごしていた。
里での生活に不満など無かったが、満ち足りていたかと聞かれればそうでもなかったかもしれない。
普通、平坦、順調……彼の人生はそんな感じだったが、婆娑羅はそれを悪い事とは思わなかった。
｢和をもって尊しとなす｣
これが婆娑羅の信条であった。
どんな人でも好きになれるように、誰からも好かれる人間になれるよう心掛け、努力した。
そんな彼がどうしても好きになれなかったのが｢軽薄な男｣だった。
｢中身のない男｣と言い換えてもいいだろう。
誠実さに欠け、薄っぺらでチャラチャラした男。
およそ彼の最も嫌う人間性というのがそういうものだった。
こういった人間がいると真面目に努力する人がまるでバカみたいだと感じるからだ。
もしこの頃の彼が現在の婆娑羅の姿を知ったならば卒倒したかもしれない。
故に、口に出すことは決して無かったが自分の名前もあまり好きではなかった。
望むままに自由に生きてほしいと願い名付けられたそうだが、和とは程遠い意味合いだったからだ。
誰よりも真面目に誠実に生きていた｢普通の｣少年、婆娑羅。
そんな彼の運命を大きく変えることになる、■と■■の物語。
とある日の早朝、婆娑羅は普段より早起きしてしまい、二度寝するのもなんだと思い
朝の運動も兼ねて釣り竿と弓矢を持ち、食料の調達に山に出ていた。
彼は山が好きであり、小さい頃から毎日のように山で遊んでいたので今となってはもう庭のようなものだ。
皆には秘密にしている釣りの穴場を目指して道なき道を進む。
季節的にに流石に少々寒いが、早朝の誰もいない、世界に自分一人だけがいるような特別な空気が好きだった。
一人で釣り糸を垂らしてのんびりと過ごす時間を想像し、小さく心躍らせた婆娑羅は川の流れる音が近くに感じてきた頃に足を止めた。先客がいたのだ。
後ろ姿では詳細は確認できないが里の家族ではないことはすぐにわかった。
敵対する異教徒である可能性を考え、気配を消してその場を後にしようとした。
しかし婆娑羅の目論見は大きな衝撃と共に失敗に終わる。
なんとも不運なことに真上の木からうっかり手を滑らせた猿が婆娑羅に直撃したのだ。
河原にいた人物は驚いて振り向いた。視線の先には頭を押さえる少年と全速で走り去る山猿。
一瞬でおおよその状況を理解することは難しくなかった。
「だ、大丈夫？…あ、もしかしてこの辺りに住んでる人？」
婆娑羅は走りゆく猿を恨めしく見つめていたが声をかけられ、思考を切り替える。
件の先客は自分と変わらぬ歳の女の子だった。
長い黒髪をポニーテールに纏め、和装に身を包んでいる。
印象的だったのは顔や腕に巻かれた包帯。端からわずかに覗く痕を見るに火傷の痕のようだ。
武器を持っている様子も見られなかったため、ひとまず警戒を解く。麓の町の子だろうかと考えた。
「ん、俺は……そうだね、あの辺に住んでる…人だよ。君は？」
山の上の方を指差して言う。
名前を咄嗟に伏せてしまい、喋り方が些か不自然になってしまった。
知らない人間に不用心に名前を教えるべきではないと大人たちに言われていたからだ。
しかし女の子は特に気にする素振りも見せず、笑みを浮かべると
「ん、私は……そうね、あの辺に住んでる…人だよ！」
町のある方角を指さしながらそう言った。
最後の方は段々声が上ずっており…程なくして二人は同時に吹き出すのだった。
：
「えー、どうしても名前教えてくれないの？」
「ごめんね、信用してないとかそういうわけじゃないんだけど…色々と事情があって」
「ふーん、もしかして何か宗教関係の都合だったりする？」
「…どうしてそう思ったのかな」
「麓の町でも何か宗教に関わってる人が多くてさ、色々面倒なルールとか習慣に縛られてる人が
多いから…それ関連でなんとなく？」
「まぁ…そうだね、そんな感じと思ってもらってていいよ」
「はっきりしないなあ、じゃ私の名前も教えてあげなーい」
河原の大きめの岩の上にて。
そんな会話を続けながら婆娑羅は釣り糸を垂らしていた。
この子はやはり麓の町に住んでいるらしく、実家の呉服屋を手伝って暮らしているそうだ。
この場所へ辿り着いたのは気まぐれに散策した結果らしく、つまりはたまたまだった。
一人で楽しむ予定ではあったが、偶然知り合ったこの子と話しながらの釣りも存外楽しかった。
「よくここで釣りしてるの？」
「うん、秘密の穴場だよ。この辺りは美味い魚が沢山釣れるんだ」
「ふーん…」
そう言って脇に置かれた未だ空っぽのバケツを見やる。
「とてもそうには見えないけど？」
「う、うるさいな 今日は調子が悪いんだよ……多分」
「あはは」
習慣としてほぼ毎日釣りをしている婆娑羅だがその実、釣りは下手くそだった。
「ちょっと貸して。お手本ってやつを見せてあげるから」
「……」
婆娑羅は渋々釣り竿を貸し、その子の釣りの様子を眺めていた。
程なくして女の子は魚を釣り上げる。一匹、二匹、三匹……
実際よく釣れる穴場であることは確かだったようだ。惜しむらくは婆娑羅の腕前のみ。
「フィーーッシュ！よしこれで十匹！どんなもんだい！」
「正直素直に驚いてるよ、本当に上手いんだなあ…」
「にひひ。師匠って呼んでもいいよ」
「師匠って呼ぶほどまだ尊敬してないかなぁ……」
釣り糸の先で暴れている鮎を見ながら考える。
「じゃあアユちゃんって呼ぼう」
「うわ適当！んじゃ君のことは……ハゼ君って呼ぶね！」
「ハゼ……まぁ、もうそれでいいよ」
指導を受けつつ竿を交代で回しながらそんな会話を続けていく。
意外にしっかりした指導で、上達を実感できる。
そのうち婆娑羅はどうしても気になっていたことを聞かずにはいられなくなった。
「あのさアユちゃん、答えにくい事かもしれないんだけど…」
「ん？」
「その包帯の…えっと、怪我は…」
「あーこれ？うん、火傷だよ。半年くらい前だったかなあ？」
婆娑羅の想定を外れ、ケロリとした顔で話し始めるアユちゃん(仮)。
思ったほど気にしてなかったのかもしれないと考え、黙って話に耳を傾けた。
「夜中にうちの隣の家から火が出てさ、しかも火元は通行人の捨てた煙草、冗談みたいだよね。うちの家族は皆無事に外に出られたんだけど隣の家の子供が逃げ遅れちゃってさ、助けなきゃ！と思って燃えてる家に突撃しちゃったの」
婆娑羅の記憶に思い当たるものがあった。
確かに半年ほど前に山の麓の方で煙が上がっているのを見た記憶がある。
「すごい行動力だね…大人の男でもそうはいかないんじゃないかな」
「あはは、真似しないほうがいいよ、後でめっちゃ怒られたし。それで続きなんだけど、子供見つけて抱えて外に出ようとしたところで燃えた建材が倒れてきてさ、咄嗟に空いてた腕で防いだんだけど、まぁ結果はこの通り。腕と顔に結構ひどい火傷負っちゃったけど子供は軽い火傷で無事救出できたし、これはいわゆる名誉の負傷というやつね！」
腕と顔を指し、得意げな笑みを浮かべるアユちゃん。その痛々しい傷跡を見ながら思わず
「かっこいいなぁ……」
そう呟いていた。
「か、かっこいい？」
「うん。不謹慎かもしれないけど、男はそういう武勇伝的なのにちょっと憧れちゃったりするものなんだよ」
「あはは…お、女の子を褒める言葉にかっこいいっていうのはどうかな…？
それにほら、よく見ると結構グロいし…女の子の肌がこんなだったりすると引いたりしない？」
「まさか。引く理由が無いよ。それに傷跡に対して可愛いって言うのも違くないかな？」
「そ、それもそうね…あはは……そうか…かっこいい、か」
かっこいいなどと言われるとは思ってなかったのか、何とも言えない表情で目を泳がせる。
……女の子の肌に消えない傷跡が付いたのだ。やはり気にしていないはずは無かった。
膝を抱えて座り、落ち着かなげに身体を揺らしていたアユちゃん。
傍から見るとなかなかに奇妙な動きをしていたが、不安定な岩の上だったためかバランスを崩してしまった。
「あっ……」
「……！」
婆娑羅は素早く救助に動き出しながら同時に状況を確認、整理する。
岩の高さはさほどではない。しかし落ちる先には硬く角ばった石がゴロゴロしている。負傷は免れないだろう。
咄嗟に左腕を伸ばして飛びつき、アユちゃんを抱きかかえるようにして地面と彼女の間に自身の身体を割り込ませた。
「痛…っ！」
鈍い音と共に地面に激突する。鋭い激痛を感じたがともかくアユちゃんの安否を確認する。
どうやら怪我は無いようだった。
「平気？」
「う、うん…ありがとう……あっ、ハゼ君、腕…！」
「うん？」
言われて腕を確認する。
左腕の手首あたりから前腕の半ば程までザックリと切れ、血が凄いことになっていた。
超痛かったが、幸い外側だったので動脈には大事なかったようだ。
婆娑羅は女の子に心配をかけまいと瘦せ我慢を選んだ。
「あぁこれ、平気平気。そんなことよりアユちゃんの肌に新しい傷が付かなくてよかったよ、わはは」
「馬鹿！早く傷見せて」
「あっ はい」
彼女の剣幕に思わず真顔で従ってしまう。思いきり心配されてしまった。
川の水で傷口の砂利を落とすと彼女は懐から取り出した新しい包帯を慣れた手つきで左腕に巻いてゆく。
「もう、無茶して！」
「それを君が言いますか」
チョップされた。
一通りの処置が終わり、アユちゃんは包帯の巻かれた腕をじっと見つめる。
「…？」
しばし黙って見つめていたが、やがて
「名誉の負傷、というやつかな？」
と、こぼした。
「にひひ、かっこいいね、おそろいだぁ」
「……」
向けられた笑顔に婆娑羅は心臓が突き上げられるような衝撃を感じた。鼓動が痛いほど速くなる。
少年は(∵)←こんな顔で固まってしまっていた。
後になって自分の台詞に恥ずかしくなったのか、師匠は照れ隠しと言わんばかりに傷を包帯の上から軽く叩く。
「あォッフ！！」
「私、そろそろ帰るね！そろそろ朝ごはんの時間だし！」
それだけ言って素早く去ろうとするアユちゃん。
しかし10メートルほど離れた位置で足を止め、振り返る。
「あのさハゼ君、また明日もここに来る？」
「た、多分…？雨とか降ってなければね」
「そっか、じゃまた明日ね！」
そう言って走り去る彼女を婆娑羅は痛む腕を押さえながら見送るしかなかった。
「おぉ痛てて…」
やがて痛みが治まると婆娑羅は諸々の荷物を背負い、踵を返して帰路につく。
「また明日、か…」
そう呟く婆娑羅の表情はにこやかなものだった。
あの出会いから早数週間。
二人は毎日のように同じ場所で会っては話をしていた。
婆娑羅は勿論このことを里の誰にも教えていない。からかわれるのが目に見えていたからだ。
楽しく笑い合っていたかと思うと、不意に近付きすぎた顔に驚きドギマギもする。
この二人は実際、既に好き合っていたのだが…まだどちらも明確に気持ちを伝えたわけではない。
それどころか出会った日の転倒事故以来、互いに触れたことすらなく、なんと名前もまだ教えていない。
アユちゃん呼びとハゼ君呼びが板についてしまい、名前を聞こうにも機会を逃してしまっていたのである。
この逢瀬を覗き見ている者がいたならば背中を蹴飛ばしたくなるような奥手っぷりであった。
そんな日々を送っていた二人。季節が秋から冬に移ろうかという時期のある日のこと。
「ねえ、ハゼ君」
「ん？」
「実はここ数日頑張って作ってた物があってさ、もう少しで完成するから今夜ここに取りに来てよ」
「今夜？夜の山は流石に危ないよ、明日じゃダメなの？」
「平気平気、それにせっかく頑張って作ったんだからちょっとでも早く感想聞きたいじゃない」
「そ、そうか わかった。じゃあ今夜ここにまた集合ね」
「それとね、その時一緒に伝えておきたいことがあるから、絶対すっぽかさないでね！」
「伝えたいこと？」
「にひひ」
悪戯っぽく笑うと彼女は上機嫌な足取りでその場を後にしようとする。
「じゃあ今夜の…そうね、9時くらいにまたここで！」
それだけ言うと返答を待たず走り去ってしまった。
またしても黙って見送る形になってしまった婆娑羅。
「渡したい物に伝えたいこと、ね…」
まだ15歳とはいえ婆娑羅もそこまでにぶちんではない。
温かい期待を胸に上機嫌で家路についた。
：
時刻は昼前。
麓の町に着き、家を目指して小走りするアユちゃん。
途中で一人の男に呼び止められる。普段お世話になっている近所の魚屋のおじさんだ。
「やぁ、相変わらず今日も元気そうだね」
「あ、おはようございまーす おじさん！あれ？そろそろこんにちは、かな」
「はは、怪我のこと気になってたんだけど、もう不要な心配かな。
そういえば風の噂で聞いたんだけど、最近新しく出来た友達とよく山奥で密会してるんだって？」
「そ、そうだけど、今ちょっと変な想像したでしょ！そういうのじゃないから！
釣りの穴場とか、山菜採りのコツとか教えてもらってるだけで……！」
動揺を全身で表しながら喚き散らすアユちゃん。あまりの必死さにおじさんも思わず笑みがこぼれる。
「へぇ、釣りの穴場かあ…もしよかったらおじさんにもこっそり教えてくれないかな？」
：
里に帰ってきた時、いつもは黙って座っている門番役に声をかけられた。
「…ム、帰ったか 大事なかったようだな…婆娑羅」
「ん？どうしたの武佐五郎、何かあった？」
「近頃…周囲の山林を不審な人物がうろついているという噂を聞く。もし仮に敵対する異教徒が何か良からぬことを企んでいるのだとしたら……遭遇すれば何も起こらんということはないだろう」
「……」
もしやアユちゃんのことが不審者として噂になってしまっているのだろうか。
しかし本当に敵対勢力がうろついている可能性もある。警戒しておく必要はありそうだ。
「ん、わかった。気を付ける」
「うむ…」
そう言って武佐五郎は見張りの仕事に戻った。
「(まさか夜中に出かける予定があるとは、流石に言えないよなあ)」
そう思い苦笑しながら婆娑羅は自分の部屋に戻ることにした。
：
夜7時頃。
出来上がっていた例の｢物｣を抱えたアユちゃんは、時間には早いが人目を避けてあの場所を目指していた。
隠れているのは、こんな夜中に山の中に行くことを親が快く思わないのはわかりきっていたからだ。
「喜んでくれるかなぁ……逆に引かれたりとかしたらどうしよう……」
期待と不安を織り交ぜた呟きを零しながら足早に進む。
町はずれに出たあたりで足を止めて身を潜める。人の気配がした。
そっと覗きこんでみると10人ほどの男たちが集まって何かヒソヒソと話をしていた。
その中には魚屋のおじさんもいた。
「(何してるんだろう……？)」
好奇心で聞き耳を立てる。
しばらく聞いていると話し声の輪郭がだんだん掴めてきた。
「今日……ちゃんに教えてもらってね、例の教団のガキが釣りに……
穴場の川……。整地も……てない場所だ……誰にも見つか……無いだろう」
「里に水を……てる……上流から……頃合いを見計……毒を流……奴等を
一網打尽に……る…我ら…神…仇なす蛇……に……、……、……………」
……
……なんだろう、すごく不吉な話をしている気がする。
……穴場の話…教団？そういえばハゼ君の住んでるところも何かの宗教関係で……
……毒を流して、一網打尽……？おじさん達は、人を…殺そうとしてるの……！？
……何故…？異教徒だから…？……そんな、そんな理由で！？
……大変だ、早く、知らせないと！！
逸る気持ちを抑えきれず、駆けだす。
しかし異常な事態に冷静さを失っていたようで、足音にまで気を配っていなかった。
「「！……！！…………！…………！」」
見つかった、追われている、気がする。
「(怖い…！怖い…！怖い…！)」
捕まれば何をされるかわからない、必死に足を動かして逃げ続ける。
「(嫌だ…！嫌だ…！嫌だ…！)」
走る。走る。走る。
「(助けて…！助けて…！たす )」
ドン、ドン、ドン、と
乾いた音が夜の山に響いた。
とっぷりと日が暮れ、夕食が終わった頃。
婆娑羅は周囲の目を盗みこっそりと里を抜け出し、約束の場所へと向かう。
武佐五郎の忠告もあったので一応、武装しておいた。
空の雲行きが若干あやしい気がしたが、荒れる前には帰れるだろうと気に留めなかった。
いつもの河原に着く。
逸る気持ちを抑えきれず結構早めに来てしまったが、遅れるよりいいだろう。
そう思って歩を進めると向かう先に人影を確認した。きっとアユちゃんだ。
「(どっちも考えることは一緒か)」
そう思い、嬉しくなって走り寄るが、近付く途中で様子がおかしいことに気付く。
苦しそうにうずくまっている…ように見えた。それにこの鉄分の混じったような…異臭。
「アユちゃん？」
そう声をかけ、肩に手を触れる。
べちゃり、と嫌な感触がした。この感触と匂いには覚えがある。
これは、人間の、血だ。
婆娑羅の姿を確認すると安心したのか膝から崩れそうになるアユちゃんを慌てて支えた。
よく見ると全身至るところに出血が確認できた。…衣服の殆どは血に染まってしまっている。
「アユちゃん!?どうした、何があった！おい！」
背中を支えながら問いかける。
肩と胸を弱々しく震わせ、ひゅうひゅうとようやく呼吸している状態で、時折えずくように吐血もしている。
出血箇所には何かが撃ち込まれたような跡がある。自然の何かによるものではないだろう、これは
「(銃か…！)」
何故こんなことに。だがそんなことより治療が先決だ。
「待ってろ、今医者を…！」
そう言って去ろうとする婆娑羅の袖をアユちゃんの手が掴んだ。
首を横に振っている。
認めないように目を背けていた事実を彼女自身が肯定してくる。
素人でもわかる。
この出血量は……明らかに手遅れだ。
「………ッ」
パクパクと口を僅かに動かしている。何かを伝えようとしているのに気付き、震える唇に耳を寄せた。
「ハ、君…の家…里…が危……い……」
「！？」
液体まじりの小さな囁きではあったが確かに聞き取れた。…｢里が危ない｣。
突然の警告に訳が分からなくなったが、言葉の続きを待った。
今にも消えそうなか細い声だったが、絞り出した言葉から必死に情報を整理する。
異教徒。川。上流。毒。虐殺。
追手は闇に紛れることでなんとか撒けたらしい。
そいつらも見失ったネズミのことなど早々に見切りをつけ、目的地を目指しているだろう。
…なんということだ。
この子にまるで関係のない、大人の勝手な都合で、アユちゃんのたった十数年の人生が終わろうとしている。
全ては自分の手の届かぬところで起こったこととはいえ、ぶつける先のない後悔と怒りがちりちりと心を焦がす。
様々な感情と情報が渦巻き、頭がグチャグチャに搔き乱されていく婆娑羅。
里の危機は当然無視できない。しかし彼女をここに置いていくことも、できなかった。
するとアユちゃんは懐から何かを取り出し、震える手でこちらに渡してきた。
「これ…朝、言ってた…やつ、出来た、から、あげる……ね」
それは上等な素材で作られた長い布…おそらくはマフラー…だろうか。
「うちの店に置いてある素材……勝手に使って作ったの。にひひ、後でばれて、怒られるかなあ…
ちょっと長く…作りすぎちゃったけど…これなら、大人になってからも、使えるよね」
元々赤い布で作られたのか…それとも血で染まりきってしまったのか、暗がりでは判別できなかった。
大人になってからも使えると言うが、それを考慮してもいくらなんでも長すぎる気がした。
「もしかしてさ…これって、二人用？」
鼻声で問いかける婆娑羅に彼女は照れくさそうに笑う。
「あー…恥ずかしい…我ながらクサいこと考えてたなって、思うよ
これからどんどん寒くなるし…雪が降ってる夜とかに二人でこれ巻いて
お話とかできたら、ロマンチックだなあ、とか……引いちゃった…？」
引く筈がない。婆娑羅の肩が震える。
込み上げる感情は相変わらずぐしゃぐしゃだったが、喜びと感動であることは間違いなかった。
しかし状況が状況だけに素直に喜んでいいものか、判断が付かなかった。
結果として、しばしの沈黙が流れた。
アユちゃんは血を吐いて激しく噎せ始めた。……いよいよ限界が近付きつつあるのだ。
「ねえ、ハゼ君……名前……教えて？」
不意に目の奥が熱くなる。もっと早く伝えてあげられていれば…などと今さら後悔しても遅い。
しゃくりあげそうになる喉をかろうじて抑えながら、聞き逃すことの無いように耳元で伝える。
「……婆娑羅」
「ばさら……にひひ、かっこいい名前、じゃん。隠すことなかった…のに…」
嬉しそうに噛みしめている。
もう目が見えてるかもわからないが、うなずきで応える。
「ねえ婆娑羅…初めて会った日、覚えてる？私、幸せだったよ」
「(……う)」
「顔に、こんな火傷しちゃってさ…あーあ、女の子としてこれはもう……とか、ふんわり絶望してたんだけど」
「(それ以上、言わないでくれ)」
「婆娑羅に会ってさ、大切にされてるなあ…って感じて、かっこいいって言われて、嬉しくって…楽しくて…」
「(そんな、まるで最期に残す言葉、みたいに……)」
事実、最期の別れの言葉であることは婆娑羅も理解していた。
彼女はこれから……間違いなく、死ぬ。
すぐそこまで来ている絶望に対し、思考が激しい拒絶反応を示している。
アユちゃんは細く長く、息を吸う。
婆娑羅は直感で理解する。
次に出す言葉が、彼女の正真正銘、最期の言葉であると。
「優しくて、かっこよくて、だけど見栄っ張りなところもあって……」
今にも消えそうな…か細い呼吸と同じ声量で、絞り出す。
「心から楽しそうに笑って話をする貴方が……大好きでした……！」
血に塗れた顔で最期に選んだ表情は……精一杯の泣き笑い。
「俺は……俺…も……！」
強く握ったアユちゃんの手に体温は感じられず。
「……君が好きだ。最後まで、一緒にいるよ」
言った。
抑えようとしても嗚咽が止まらない。
鼻をすすりながらの、ずいぶんと格好の悪い愛の告白だ。
鼻水を垂らした無様な顔で、無理矢理笑顔を作る。
握り返す手に一瞬、力を感じた。
消えゆく彼女の意識に果たして気持ちは届いたのか。
たった今思いを伝えた女性(ひと)は、既に息をしていなかった。
握り返す手から力が失せる。
「…………あ」
心から愛した、名も知らぬ｢アユちゃん｣は婆娑羅一人に看取られて、静かにその生涯を終えた。
「 あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ 」
二度と戻らない、取り返しがつかない。
重くなった｢もの｣を抱えながら天を仰ぎ、愛する女性の血に塗れた掌で顔を覆う。
涙と鼻水と涎で、ぐしゃぐしゃだった。
見捨ててくれればよかったのだ。里や、俺のことなんて。
危ないじゃないか。人を沢山殺そうとしている連中だぞ。関わろうとせず遠く離れておけばよかったのに。
「ア」
まさしく生きる希望そのものとなっていた想い人が、永遠に触れ合えない場所に行ってしまった。
逃げてほしかった。
生きていてほしかった。
…
……
(俺なんかと関わらなければ)
即座にその言葉を握りつぶす。
その考えだけは、許すわけにはいかなかった。
自分と会って幸せだったと、彼女はそう言ったのだ。
：
傍から見れば。
生きていればこれから何度もあるであろう、出会いと別れのひとつに過ぎなかったかもしれない。
なにせ知り合って数週間の友達が死んだ。身も蓋もない言い方をすればそれだけの話なのだ。
しかし婆娑羅にとってそれは死に等しい深い絶望。
彼の心は奥底から生まれて初めて絶望の慟哭をあげていた。
：
暫し、婆娑羅は同じ体勢のまま固まっていた。
「……婆娑羅」
何ゆえか自分の名を呟く。
「望むままに自由に…生きてください…と……名付け……」
電池の切れた玩具のような声で呟き続ける。
…
……
……異教徒……里……殺…………敵……？
………
…………
たかが、そんなことのために。
「…………………」
「……………………………………」
月明りでかろうじて光を宿していた瞳が、流れてきた雲によって完全に光を失った。
もたげた首で川の上流の方角を臨む。
「ごめんねアユちゃん、同じところには……行けないかもしれない………」
その表情に既に温度は無く。
厚い雲が空を覆い、雨が激しく降り始めた。
豪雨が顔の汚汁を、洗い流した。
目覚めると見慣れた天井が目に映った。
頭がぼーっとして意識が定まらない。
踏ん張って身を起こしてみればどうやら里の自室のようだった。
程なくして里の仲間がやってきて事情を説明してくれた。
ぼやけた頭では言葉を咀嚼するのに時間がかかったが、
突然行方不明になっていた自分を探すべく捜索隊が駆り出されたらしい。
獣道すらない茂みの中に倒れていたそうだが、なんと愛馬が単騎で見つけてくれたらしい。
大した奴だ。
不審人物の噂のこともあり、事件性が疑われていたが否定した。
自分が勝手に外出して勝手に遭難しただけだと、嘘をついて。
無論めちゃくちゃ怒られたが、ひとまず無事でよかったと安心してもらえた。
雨に打たれながら倒れていたので当然のように風邪をひき、ひどい高熱が出ていた。
快復するまで安静にしているように言われ、頷く。記憶を整理する時間が、欲しかった。
あれはもしかして夢だったのか。
そんな淡い期待はすぐに否定される。汚れた赤い布が枕元に畳んで置いてあったからだ。
天井を見つめながら記憶を掘り起こしていく。
胸にぽっかり大きな穴が開いてしまったような喪失感と共に思い出してゆく。
最愛の人の死、異教徒、川、毒、そして告白……不思議と涙は出なかった。
何かまだ大事なことを忘れている気がする……
身体を治したら｢あの場所｣に行ってみよう。きっと思い出せるはず。
：
数日後、婆娑羅はいつもの河原に来ていた。
ぼやけた記憶を頼りに｢それ｣を探す。見つけ出すのにそう時間はかからなかった。
土が一部だけ掘り返されたような状態になっており、その上には大きな石が重ねてあった。
彼女の墓である。
殆ど記憶にないが当然作ったのは自分だろう。
墓標代わりに立てられた大きな石には血で汚れた包帯が巻き付けられていた。
込み上げるものを抑え込み、婆娑羅は墓の前に立って周囲を見渡した。
何か記憶を掘り起こす手がかりがないかと、
やがて目に入ったのは遠くに聳える断崖絶壁。
何かが記憶に引っかかり、しばらく見つめていると
「ウ……ッッ！！」
突然口元を押さえて近くの茂みに急いで移動し、吐瀉物をぶちまけた。
「ゲ、ェエーーッ！ゲ……ホッ！！」
胃が裏返るかと思うほど暴れる。
やがて吐き出すものが無くなり、息を整え、口元を拭う。
そうだ。
全て、思い出した。
月明りすら届かぬ夜闇が支配する森の中。
野を駆ける獣が一頭。
長く赤い尾を揺らしながら疾駆する。
豪雨と闇の中、生い茂る草木や泥などものともせず流れるように駆け抜けていく。
その目で探り、追うは痕跡、痕跡、痕跡、痕跡……
生まれて以来、山と共に育った獣はどんな小さな痕跡も逃さず｢獲物｣を追跡する。
やがて｢獲物｣を発見する。なにやら大荷物を運んでいるようだが、興味なし。
獣は弓に矢をつがえて引き絞り、放つ。
一穿、二穿、三穿。
脳幹を正確に撃ち抜く。無論即死である。
混乱する烏合の衆を間を置かず処理する。
四穿、五穿、六穿。
獣は考えない。ただ思うだけ。
死ね。
(そんなことをして何になる)
死ね。
死ね。
(復讐は何も生まない)
死ね。
死ね。
死ね。
(こんなことは誰も望んじゃいない)
良心という名の一般論が脳内に響き続ける。耳障りだった。
一念に殉じ、ただ、ただ、命を刈り取ってゆく獣。
否、｢殺したいから殺す｣のは獣以下だ。人の形だけした醜悪な畜生。
気付けばそこには己以外の死が転がっているのみだった。
畜生は衝動に身を委ねただけ。そこには何の感慨も無かった。
生憎と腹は空いていなかった二本脚の畜生。
殺しただけのこの肉は、その辺の獣様がそのうち片付けてくれるだろう。
それだけ思うと、肉塊に対する興味を失い、手近な崖から蹴落とした。
それからのことは、覚えていない。
殺した。殺しに殺した。
僅かに手に残る｢手応え｣が再び吐き気をもたらす。
飲み込んだ吐き気の代わりに大きな息を吐いて堪える。
(そんなことをして何になる)
(復讐は何も生まない)
(こんなことは誰も望んじゃいない)
自分で自分に向けた言葉が己を責める。
憎かった。許せなかった。それは間違いない。
しかし時が経ち、頭は冷えてあの激しい衝動も消え失せ、
後に残ったのは終始自分を責め続けていた良心のみだった。
人の形だけした醜悪な畜生。
まさしくその通り。
(殺されたら殺し返すのは当然の復讐だ)
(先に仕掛けたのは敵だ。やらなければ皆がやられていた)
(何も間違ったことはしていない)
否、否、否。
次々と湧き上がる言い訳を全て切り捨てる。
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら頭を抱え、強烈な自己嫌悪に陥る。
「…………」
不意に立ち上がり、救いを求めるようにアユちゃんの墓の方へ向かう。
墓石に背を向けて座ると、婆娑羅は長いマフラーを墓石と自分の首にかけた。
長すぎるマフラーは、｢二人｣を問題なく包んだ。
「(……温かいね)」
実際には石も空気も冷たかったが、婆娑羅は胸の奥がじんわり温かくなっていくのを感じていた。
胸に開いた大穴を優しい何かが満たしてくれる感覚。
正常に戻りつつある思考でこれからのことを考え始めた。
許されるなら悲しみに圧し潰されるまま、餓死するまででも塞ぎ込んでいたかったが。
｢(皆に同情でもされたいのか、ふざけろ)｣
弱気を一蹴する。
正直、落ち着きを取り戻した今でも己を殺したいほどの自己嫌悪に苛まれているが、
｢死んで会いに行こう｣などとは微塵も考えなかった。
それこそ論外だ。周囲に迷惑と心配しかかけない、身勝手極まりない暴挙である。
なにより彼女がそんなことを望むはずがない。
彼女のおかげで皆を救えたのだ。救われた皆に悪いと思うことはしたくない。
しかし…救ったものの中にたったひとり、誰よりも守りたかった人はいないのだ。
一気に開こうとする涙腺を歯を食いしばって止める。涙はもう十分流した。
優しくて、かっこよくて、見栄っ張りで、
楽しそうに話をする自分が好きだったと、あの人は言った。
人の形だけした醜悪な畜生に成り下がった今、そんな生き方が出来るだろうか。
それでも考え続ける。
「なぁアユちゃん、一緒に考えてくれよ」
墓石に後頭部をゴツンとぶつけ、空を見上げてそう呟く。
無論ただの石がものを言うはずもなく。
ただ背中に石の冷たさが返ってくるのみだった。
朝7時頃、里に帰ってきた婆娑羅。
既に起き、活動を始めていた翡翠がその姿を確認し、声をかけてきた。
「あ、おはよう ばさ兄、風邪はもう大丈夫なの？」
「お、翡翠ちゃんおはよう、相変わらず今日も可愛いね！
体調ならホラこの通り、もう看病してもらえないかと思うと残念だなあ」
数瞬、時が凍る。
「……………」
あまりの豹変ぶりに呆気にとられる翡翠。
そんな様子を気にするでもなく婆娑羅は歩き去っていった。
行く先々で女性に軽い言葉を投げては同じく絶句されるか、軽くあしらわれている。
あれではまるで婆娑羅の言う｢軽薄で中身のない男｣。たしかそれは彼の最も嫌う人種ではなかったか。
一部からは「熱で頭がやられてしまったのではないか」と言われていた。
｢大人への階段を登ろうとしているのだろう｣と言う者もいる。
無根拠な噂にすぎないその説で里の皆はひとまず、自分の中で納得していく。
やがて誰も追及しなくなっていった。
：
あの場所で婆娑羅はこれからの生き方を主に二つ定めた。
まずは、最も嫌っていた｢軽薄な男｣となるというもの。
理由はいくつかあるが、己への罰というのが主だった。
明るく優しく楽しく、罪に苛まれて生きていくには、これが良い。
次に、｢もう二度と恋はしない｣こと。
あのような思いをもうしたくない、というのも勿論あるが。
思い出と絆を上書きして忘れてしまうようなことは絶対にしたくなかった。
かといって女性を避けたり蔑ろにするのも違う。
それはあの人が好いてくれた婆娑羅のすることではない。
ならばこれも、自身の嫌う｢軽薄な男｣になればいい。
女と見れば誰にでも声をかける、こんな男を誰が本気にするものか。
自身に向けられる｢本気｣は、ただひとつあればいい。
かくしてお調子者の軟派男、婆娑羅はここに生まれた。
優しくて、かっこよくて、見栄っ張りで、楽しそうに話をする、
｢真面目で誠実な婆娑羅｣は、この時死んだのだ。
婆娑羅の愛馬である舞華晴(ﾌﾞｹﾊﾗｽ)。
この雄もまた、その荘厳(すぎる)外見に違わぬ気高き名馬であった。
しかし今では男性を背に乗せるのを嫌がり、女性ばかり喜んで背に乗せようとする
スケベ野郎に成り下がっていた。
婆娑羅が生き方を変えて数年後、
どこでどう育て方を間違ってしまったのだろうと婆娑羅は首をかしげながら今日も
蹴られて踏まれて噛み付かれながら愛馬の世話をする。。
「……やっぱり、こんな俺はお前も嫌か？」
苦笑しながら寂しそうにぼそりと零す。
「……すまん、今のナシ、忘れてくれ」
うっかり僅かに漏れてしまった弱音を飲み込む。
当然、言葉を持たぬ馬から答えなど望めるはずもなく。
しかし、何故だかそれを聞いたあと舞華晴は一度も攻撃してこなかった。
誰も認知していないが、舞華晴が変化を始めた時期は確かに存在する。
それは婆娑羅が15歳の時。
つまり、｢あの時｣からである。
：
舞華晴は困惑していた。
まだ幼いながら尊敬できる人間と思っていた主の、突然の豹変にである。
最初の数日は別人なのかと本気で疑って距離をとったほどだ。
しかし長年付き添ってきた相棒のこと、言葉の通じぬ分、感じるものがあった。
そして、自分自身の事が、大嫌い。嫌いで嫌いで、仕方が無さそうだった。
常に笑顔を絶やさない主の背中には深い悲壮感しか感じられなかった。
寂しそうだった。
そこで舞華晴も決めたことがあった。
傍にいて支えていようと思った、この、いつ崩れるともわからない主を。
少しでも寂しさを紛らわせてくれればと、｢同じ｣に振舞ってみようと思った。
雄に厳しく雌に優しく、人の言うことを聞かず、騒がしく。
主の言葉ひとつ解することのできない馬である身で、
事情など何もわからないが、わからないままに。
気高きじゃじゃ馬は、｢主｣の帰りをいつまでも傍で待つことにした。
7年後、婆娑羅 22歳。
あれから毎年、彼女の命日には何があろうと必ずあの場所へ赴き、
墓石と自分の首に赤い布を巻いて座り、虚空を見つめて時間を過ごしていた。
こちらを優先して特別な祭事などもすっぽかしたことがある。
当然周囲から手痛いお叱りを受けたが、彼にとっては些事だった。
血の染みたこの赤い布はずっと身に着けているわけではない。
頑丈な箱に丁寧に畳んで入れ、自宅に厳重に保管してある。
アユちゃんの墓を訪れる時のみ、こうして取り出し、首に巻いている。
この繋がりを伴ってあの場所に行けば、
少しでも近くに感じることができるかもしれないと思ったから。
声でも、匂いでも、霊魂でも。なんでもいいから感じたかった。
今に至っても、ついぞ感じることはただの一度も無かったが。
あの日以来、｢真面目で誠実な婆娑羅｣は出口のない心の闇に沈められている。
今ここにいるのは、｢お調子者で軟派な婆娑羅｣の仮面を被り、演じているナニカ。
ある種の呪いに生かされているだけの人形に等しい。
しかし婆娑羅はこの｢純潔｣という名の呪いを、後生大事に抱えていた。
今に至るまで性交渉は勿論、接吻すらしたことはない。
この純潔を捧げるべき相手は既に決まっている。
抱えた呪いを守り抜き、天寿を全うする。
そうすればきっと閻魔様とやらも自分を許してくれる。
畜生の身でも、天国へと行かせてくれるはずだ。
そして｢そこ｣で必ず、待っていてくれる人に会いに行く。
山ほどの土産話を持って、また二人で楽しく笑って話をするのだ。
婆娑羅が今も生命活動を続けている理由はそれだけだった。
他のことは、すべてがどうでもよかった。
そして二年前、婆娑羅 23歳。
やがて里に｢あの事件｣が起こる。
里を強襲され大きな打撃を受け、教祖も行方不明。
宗派そのものの存亡に関わる大事件に里は大きく揺れた。
不安が里を包み込んでいく空気。
怒る者、怪我を負って痛みに苦しむ者、その治療にあたる者。
皆がこれからのことについて忙しなく話し合っている。
さすがの婆娑羅もどうでもいいなどと言ってられない事態となったが、
ふと思い出したように自分の部屋に向かって駆けだした。
背筋に冷たいものを感じながら瓦礫をどかし、｢あるもの｣を探す。
「……よかった、無事だ」
心から安堵して瓦礫の山から取り出したそれは金属製の黒い箱。
蓋を開けた中身は想い人の形見である血に汚れた赤い布だった。
何の気なしに婆娑羅はその場でそれを首に巻いた。
無くすまいとする不安か、それとも……何か予感があったのか。
「(力を貸してくれ、なんて陳腐なこと言うつもりもないけど…)」
心なしか、少し元気は湧いてきた。
「(我ながら単純な頭してるな)」
自嘲気味に笑うと、集まっている仲間の元へ歩いて行った。
その後間もなくして、敵を追うため緊急編成された隊に組み込まれ、
武佐五郎、蛇姫、柏の三名と共に里を発つこととなった。
：
四名と四頭が山道を走る。
空はすっかり夕暮れであり、せめて日が沈む前に目的地へ着くためにと
鞭を入れ、多少の危険は顧みず全速力で飛ばしていた。
落ち葉と枯葉を踏む音を鳴らしながら走っていた一行。
走りながら婆娑羅は考えを巡らせていた。
少ない情報を紡いで事件について考察をする。
しかし不安や焦燥といった感情に邪魔されてうまく考えが纏まらない。
「…………くそ」
その途中で、婆娑羅に謎の浮遊感と大きな衝撃が走る。
回る視界、鈍い痛み、そして土の味。要するに落馬していた。
どうやら舞華晴が思いきり尻をカチ上げて婆娑羅を跳ね飛ばしたらしい。
「なんでさ」
「ヒヒン」
皆に呆れられながら乗り直し、旅を再開する。
それから舞華晴は暴れることなく大人しく主を背に乗せていた。
「(落ち着け、って言いたかったのか？)」
緊張が伝わっていたのだろうか。
黙って自分を乗せる相棒の背中はとても頼もしく感じられた。
「大したヤツだよお前は」
全く、自分には勿体ない名馬だ。
そう思って頭をポンポンと軽く撫でる。
その直後、婆娑羅はもう一度山の味を確かめることとなる。
「このくそやろう」
「ヒヒン」
婆娑羅が土ソムリエになって十数分が経過した頃。
騎乗したまま進める道ではなくなり、やむなく馬を降りて徒歩で進むことになった。
すると一行は山の道中で人を見かける。
道の端で屈みこみ、何か探し物でもしているようで、背格好から察するに女の子のようだ。
「あらあら婆娑羅様、何やら女の方が困ってらっしゃるようですけど？」
蛇姫がそう言って振り向くとそこに婆娑羅の姿は無く、
視線を前に戻すと既に件の女の子の背後に立った婆娑羅の姿があった。
「どうしたの、なにか困りごと？暗くなると危ないし、お兄さんが手伝ってあげようじゃないの！」
大げさに両手を広げて満面の笑みで近寄る。
当人の言動と行動こそ危ない人のそれにしか見えないが、お構いなしに絡むウーマナイザー。
当然その子は驚いたように素早く振り向き、婆娑羅と視線が交差する。
その子の顔を見た、婆娑羅の表情が凍りつく。
「…………？」
突如硬直する不審者に怪訝そうな顔を向ける女の子。
やがて遅れて残りの三名も婆娑羅に追い付いてきた。
「どうしたの婆娑羅、秘孔でも突かれた？」
なんてことを言いながら近寄ってくる柏。無論、本気でそう思ってるはずもあるまいが。
両手を広げた姿勢のまま固まっている婆娑羅をよそに女の子の方へ視線を向ける他三名。
その子は、和装に身を包み、長い黒髪を後ろで纏めている。
そして特徴的なのは身体の各所、及び顔の半分が包帯に覆われていた事だ。
確かに｢普通｣とは違う部分のある娘だが、
三名共に婆娑羅がこうまで硬直する理由がわからなかった。
一方で婆娑羅の頭の中は。
「(そんな、馬鹿な、違う、ありえない)」
目に映る光景にただ、混乱するしかなかった。
「(アユ、ちゃん…………？)」
まるで生き写しのようなその姿に、タイムスリップした錯覚さえ感じた。
そんなはずはない、彼女は死んだ。この手で弔ったのだ。
力の失せた身体の重みも、冷めてゆく肌の感触も……未だこの手に残っている。
目の前にいるのは、たまたま似ているだけの……別人。
……のはずだ。
思考の渦にのまれ、ただ見つめるかたちになっていた婆娑羅。
その子はハッとしたように、包帯に覆われた箇所を隠すように顔を背けた。
「！………違う！！」
思わず大声で言ってしまった婆娑羅と、再び驚く女の子。
気まずそうに目を泳がせながらなんとか言葉を紡ごうとする。
「違うんだ……そういうつもりじゃ、なくって」
「……えっと………」
「なにか、探してるのかな。……手伝うよ。皆も、いいか？」
「……は、はい……指輪、なのですけど……」
何も言わず、少し離れたところで物を探し始める。
皆も首を傾げたが、特に追及はせず、手伝ってくれるようだった。
「(………………)」
視線を落とし、落ち葉を掻き分けながらなんとか、気を落ち着けようとする。
あの女の子の年齢はおそらく15､6歳ほどであろうか。
あれから8年、もし仮にアユちゃんだとして、当時のままの姿の筈がない。
重ねて、当然であるが……別人だろう。
……しかし。
……しかしだ。
偶然と片付けるには、あまりに似すぎていた。瓜二つ、なんてものではない。
理屈のうえでは別人と理解できても、到底割り切ることなど出来そうになかった。
「(………………………)」
「(………………………………………)」
目一杯回しているつもりの思考はただ空回るばかりで。
｢里の危機と想い人の面影｣に、婆娑羅の胸中を再び赤黒い記憶が満たしつつあった。
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