日付が変わる頃に帰宅していると、後ろから何者かに殴られ気絶してしまった。
次に目が覚めると何処か分からない場所のベッドに寝かされており、その部屋をキョロキョロしているとそこにいた一人の
男が話しかけてきた。
「起きたか、エヴァ」
「案外元気そうだな、おはよ。と言ってももう昼だけどな」
‥‥貴方は誰？ここは？
「初めまして、お前を誘拐した誘拐犯だ。これから末永くよろしくな」
「名前？お前の好きに呼べばいい。」
‥‥じゃあ花の香りがするからハナちゃん。
「ふっ、お前がそれでいいならそう呼べばいいさ。」
その
男曰く、私を誘拐したという事だそうだった。足には足枷を付けられており自由に動くことはできない、だが何故だろうかその
男に対してそこまでの嫌悪感を抱かなかった。元々の自分の性格なのもあるのだろうが何処か優しい雰囲気で一緒にいると安心するようだった。
とりあえずこの場所を散策してみることにした。幸い足枷は長くある程度の距離は見て回れた。
男もついてくるようだったがあまり気にしていなかった。散策をしている最中、物置である小箱を見つけた、
男にそれを見せると
「なぁ、それ。お前が持っていてくれ」
‥‥これは貴方の物なの？ならどうして？
「………頼む」
それは何処か頼りなく親とはぐれた子供のようだった。そして物置からの去り際、ガラクタが崩れてきた際に
男が私を庇ってくれた。大丈夫かと問えば
男は何でもないように言った。
「俺は大丈夫だ、そんな事よりもエヴァ、ケガはなかったか？」
‥‥う、うん。大丈夫。
「そうか、ケガがなかったらそれでいい。」
‥‥でも、ハナちゃんがケガを…！
「あ？こんなんかすり傷だ。唾つけてりゃ治る。」
頭から血を流しているにも関わらず私の心配をしてくれる
男に少し鼓動が早くなった気がした。
態度もそうだし自分の好きな物などを知っている
男に不気味に思うはずなのに、
彼の笑顔を見るととても幸せな気持ちになったような気がした。会った事すらないのに…。
この後衣装(ウエディングドレス)等がある部屋や、書斎など色んな場所を散策した。
ウエディングドレスのサイズが私にぴったりな事に驚いた。聞いてみても結婚式には必要だとはぐらかされたが。
夜になり食事も私の好きな食べ物も嫌いな食べ物を分かっていて、私が食べているところを温かく優しい目で見つめる
男がどうしても誘拐犯というには見えなかった。
寝る前に
男は自分の軽く頬を指でなぞり
「――エヴァ、おやすみ。」
と優しい声でそう言うと同時に自分は眠りに落ちていった。
･････
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
あなたは手を繋いでいる。絡んだ指から伝わる体温が愛おしい。隣を見ると、あなたの恋人である
彼が微笑んでいた。あなたからの視線に気付くと
彼は嬉しそうに表情を和らげる。
その優しい視線に胸が高鳴った。目が合うだけでどうしようもなく嬉しくなる。幸せな気持ちが溢れる。そんな
彼が恋人だと言うのだから、もう息が詰まりそうだ。
今日はそんな
彼とのデート。天気も良く、世界の全てがあなたたちを祝福しているように感じる。さぁ、今日はどこへ行こうか。
彼と一緒ならばどこへ行ったってとびきりの一日になるだろう。
ぎゅうと手を強く繋いで、あなたたちは歩き出した。
なんだろう･････この記憶。でもとっても楽しくて幸せで―――
――目を覚ます。柔らかく温かな布団に包まれて目を覚ましたのは、
彼に連れてこられたベッドの上だった。
自分が起きたことに気がつくと、
彼は首から下げている指輪をいじるのをやめた。
細い指の中で銀の指輪がきらきらと光をこぼす。彼はあなたを見て微笑んた。
「おはよう、エヴァ」
「朝ごはん、用意してあるからな」
ベッドサイドにあるテーブルを見ればそこにはコンビニのパンとジュースのパックが詰まれていた。
私の好きな物ばかりだ。それを嬉しいと思うのは、おかしいだろうか。でも悪くない気持ちだった。今まで感じたことがないような――
だがなんだろう、今日の
彼の様子がおかしい気がする。顔が赤く息も少し荒い、体調を崩しているようであった。
置いてあった朝食を食べ終えると、
彼は申し訳なさそうに言った。
「悪い。体調がよくない……。あんまり今日はお前についていけない」
「鎖は伸ばしといたし、入ってほしくないところには鍵かけといたから。行ける範囲で好きなところ行っていいぞ。」
ゆっくり休んでね、と言葉を残し2階に向かった。
彼のついてくるようで大丈夫なのかと聞いても、大丈夫だと無理した様子で返事をした。2階に着くと
彼は疲れた様子で
「好きに遊んでこいよ。悪いけど、俺は、ここで待ってる……」
そして熱い息を吐く。体調はやはり芳しくないようだった。
2階をくまなく散策してスポーツバッグから私の写真が見つかった。とても幸せそうに笑っていた、撮った記憶がないが、自分がこんな表情も出来ることに対しても驚いていた。幼い頃から感情が薄く気味悪がられていた自分がこんなに幸せな顔が出来るなんて―――と。
他にも紙切れを見つけた。 紙切れには震える文字が連なっていた。ほとんどの文字は重なっていたり、震えにより大きく歪んでいたりして読めない。読める範囲では、
『エヴァが死んだ。俺がエヴァを殺した。何度も何度も俺が殺した。違うんだ、そうじゃないのに。それでも殺してしまう』
『これで最後だ』
裏には走り書きのようなメモがあった
『小箱 婚約記念日 0717』
――私が死んだ‥‥？どういうことなのだろう…？何度も？
これはおそらくだが彼が残したのだろう。後で聞いてみようと思った。
そういえば小箱を持っていた、
彼が持っていてほしいと言われたものが。確か4桁のパスが必要だったので『0717』と入力すると、かちゃりという音と共に開いた。中には布が敷かれており真ん中には指輪が入っていた。内側に『H/E』のと刻まれたものだ。所々赤黒く汚れていた。
二階を調べている間、
彼はぐったりと座り込んでいたが自分が戻ってくるとふらつきながらも立ち上がった。その
彼に紙切れや指輪をことを聞いてみた。
「‥‥見つけたのか、それを。」
‥‥じゃあことを書いたのは？
「ああ、俺だ。心配しないでくれ。これで最後だ。俺が…俺が、お前を救ってみせる。だから我慢してくれないか？」
‥‥私は死ぬの？
「死なせない、絶対に。大丈夫だ。」
彼は私を安心させるようにそう口にした。
「さて、夕食にするか……。こんな体調だから、悪いけどレトルトでいいか？ うつったら困るもんな」
彼はそう言うと、やはりふらつきながら階段を下りようとする。
――その様子を見て、心配になる。
彼に対して、だ。
彼を支えてあげたい。
彼を助けたい。そう、思う。
そんな
彼に冷えピタを張ってあげた、偶々見つけたものだ。
彼が少しでも元気になってくれるようにと。
「ありがとな、楽になった。」
彼は少し照れ臭そうにそして優しい声でそう口にした。
私をベッドの上に連れていくと、一冊の本を手渡した。
「待ってる間は暇だよな。これでも読んでてくれ」
手渡されたのはずしりと分厚い一冊の本だ。古い紙の匂いがする。高級そうな革の装丁は図書室にあった本と同じものだ。
「じゃあ、行ってくる」
そう言って
彼は部屋を出ていく。彼が部屋を出たあと、扉からがちゃりと音がした。鍵をかけられたのだろう。
本を読んでみたが私では到底理解できない言語がたくさん並んでいた。その本に頭を悩ませていると
彼が戻ってきた。
その手にはレトルトのハヤシライスが乗っていた。デミグラスソースの香ばしい匂いが食欲をそそる。
「レトルトだけど、味は保証するからな」
彼はそう言ってハヤシライスを机に置いた。
それを食べ終えると眠気が自分を襲い今日もよく動いたし、いくら丁重に扱われていようと自分は監禁されているのだ。精神的疲労からも来ているのだろう。
そう思いベッドにもぐりこむと、
彼が私の寝顔を覗き込む。その目はどこまでも優しく、愛おしげだ。その声が私を安心させるようにささやく。
「おやすみ、エヴァ」
――うん、おやすみ…。
そして私は微睡みに落ちていく――。
眠りに落ちるその寸前、凛とした
彼の声が聞こえた。
「あと、一日…。」
･････
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
私は手を繋いでいる。優しくて温かい手が私の手を包んでいる。絡み合う指先、その体温に触れればいつだってしあわせな気持ちが湧き上がった。指を絡めれば
彼は照れたように笑って、でも何度だって応えてくれる。繋いだ手を離さないように、私たちは歩いていた。
だが、運命とは残酷だ。
「あ、」
誰かのそんな呆けた声が聞こえると同時に、私はがらがらと何かが崩れる音を聞いた。金属がぶつかり合う嫌な音だ。頭上から何かが落ちてくる。大きく、巨大な質量が。私を押し潰そうとする。みれば何本もの鉄骨があなたへと迫っていた。
私は反射的に
彼の手を離す。優しい体温が遠ざかる。離したくなかった手が離れていく。
――― でも、これでいいの。
彼を巻き込むなんてそんなのは嫌だから。
彼を傷つけることなど、できないから。
―――
彼を生きてほしいと、そう、思うから…。
―――ごめんね。一緒に居られなくて…。
ぐちゃりと全身が潰される痛みに塗りつぶされ、あなたは死ぬ。
鉄骨の隙間、そこから最後に見えたのは私に手を伸ばす
彼の姿だった。
―――― 私ははっと目を覚ます。そして自分が生きていることに安堵するだろう。そうだ、だってあれは夢なのだから。自分自身の死という、単なる悪夢なのだから。
しかし私は同時に心のどこかで確信している。あれは夢ではない、事実だと。
私はふと、そこで
彼の姿がないことに気がつく。辺りを見渡せば、私はベッドの横で倒れている
彼に気が付くだろう。その息は荒く、熱い。頬も見るからに赤く染っており、汗が滲んでいる。体調が良くないことは一目瞭然だろう。彼はただ目を閉じ、荒い呼吸を繰り返している。意識はなさそうだ。
それを見て私に込み上げるのは『心配』だ。大切な
彼が熱に苦しんでいる。
彼を想うならば、この感情は当然だ――。
彼を愛しているから――。
彼の胸ポケットから鍵が二つ落ちていた。足枷と地下室の鍵だ。
彼をベッドに寝かせて足枷を外して地下室に向かった。あそこなら何かがあるかもしれないと、
彼を助ける何かが―――。
地下室に降りると、カーペットが敷かれテーブルのみが存在する部屋だった。テーブルの上にはいくつか荷物があった。空の香水瓶、自分のスマートフォン、そして写真立てと手帳があった。手帳の中はどうやら
彼の日記のようだ。見てみると驚くべき内容が記されていた。
『エヴァが死んだ。でも、そんなのってないよな。もうすぐで結婚式の予定だったんだ。幸せになる予定だったんだ。
嫌だ。エヴァ、帰ってきてくれ。
エヴァを取り返す方法を見つけた。この香水があれば時の腐肉喰らいに見つからずに済む。時間を遡れる。事故の前に助ければいいんだ。エヴァ、今、迎えに行く。
エヴァが死んだ。なんでだ？ 本来死ぬはずの事故にあう前に、エヴァは車にはねられて死んだ。これはおかしい、おかしい……。どうしてこうなったんだ。
ごめんな失敗して。大丈夫、次は必ず迎えに行く。
なんでエヴァが死ぬ？ 嘘だ。まただめだった。
失敗した。
失敗した。
失敗する度に、少しずつエヴァの死が早くなる。飛ぶ度に死因が変わる。こんな、どうして。死ぬことからは逃げられない？
そんなことない。認めない。
失敗した。
失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。
失敗した。
どうして？ そろそろ匂いが薄くなってきた。香水も残り少ない。俺と出会ってから三日以内にエヴァは死ぬ。俺が接触したから死ぬのか？ いや、俺が接触しなくてもエヴァは死ぬ。俺がエヴァの死を早めてる？ そんな。もう一度会いたいなんて、それも許されないのか。
何度繰り返したって、会いたいと思ってしまうのは許されないのか。
わかった。ひとつの命を助けるには、代わりの命がいる。
それなら俺の命を捧げよう。
これで最後だ。とうとうエヴァが俺と出会う前まで来てしまった。大丈夫、大丈夫だ。もう使える精神力も正気も残ってない。これで最後なら、なりふり構っていられない。エヴァを監禁して、三日間守り抜く。危険なものは排除する。何もかも取り上げてしまえば大丈夫だ。俺の目の届く範囲で、管理する。これならきっと上手くいく。大丈夫だ。
俺はきっと狂ってる。ごめんな。』
―――ここまで想ってくれる
彼に私は明確に恋という感情が芽生えた。横の写真立ての中にある写真も私たちがとても幸せそうに収められている。そして嫌な予感がした。代わりの命…？まさか――
ぐらりと地面が揺れた。物置にあったがらくたたちが落ちたのか派手な音が響く。地面は揺れ続け、屋敷からはぎしぎしと音がする。
早く逃げなくては、そう思った瞬間、ドシャァッ！！ っと頭が痛くなるほどの轟音が耳を貫いた。どうやら玄関ホールの扉あたりからのようだった。
―――
彼が危ない！！
逃げるという考えなどもはや私の頭にはなく、すぐに
彼の元に駆け付けた。
周りは火が立ち上り、時間が無い事は明白だった。
寝室に向かうとその扉は崩れていた。ぎりぎり原型を保った部屋の奥には瓦礫の山があり、そこにはぽつんと
彼が立っている。その左足は奇妙な方向に折れ曲がり、あちこちが血で汚れている。
彼は私が来たことに気がつくと、はっとその表情を凍りつかせた。
「なんで来た！ 早く逃げろ！」
‥‥嫌…！ねえ、早くここから出ようよ…！
「そうすればお前が死んでしまう。俺はお前を救う為にここまで来たんだ…。言うことを聞いてくれ。」
‥‥でも！貴方がいなくなるのは嫌だよ…！
「‥‥大丈夫だ、この世界には過去の俺がいる。それにどうせ俺はここで助かっても化け物に殺されちまう。」
「頼むエヴァ、お前がいなくなって悲しむ人がたくさんいるはずだ。逃げてくれ…。」
ウィル、
優雅?、みんな･････。
彼は動く様子はない。私は‥‥
彼を連れていくことを諦めた。
「それでいい、エヴァ」
彼の目はどこまでも優しく、ただ私への愛情に満ちていた。
彼は静かに首からかけていたネックレスチェーンを外すと、私に渡す。手の中で銀のチェーンと指輪がきらきらと光った。
「愛してる。」
‥‥うんっ。
重なった手がゆっくりと離れた。その体温が遠のいていく。
「怖がらせて、ごめんな。」
‥‥そんなことないよ、優しくしてくれたから、助けてくれたから。
その声が炎のもえあがる音にかき消されて行く。
「なぁ。どうかもう一度、」
伸びた指が私の頬に触れ、そっと私の髪を指先で梳いた。そしてそっと
彼は囁く。優しく、祈るような声で。
「俺の初恋を奪ってくれ」
――――う゛ん‥‥！
とん、と私は突き飛ばされる。崩れる炎と響く轟音。落ちる瓦礫の隙間から見えた
彼は、とても幸せそうに笑っていた。
―――――きろ！
「おい、起きろ！ 大丈夫か！」
誰かに肩を揺さぶられて私は目を覚ました。
目の前にはあの愛した
彼の顔がある。
しかしその髪は短く、その表情は少し幼い。もし、
彼が若返ったらこんな感じになるだろう。そんな印象を受ける青年だ。
彼はあなたが目を覚ましたのを見ると安心したように息を吐く。
「よかった……。アンタ、なんであんな場所にいたんだ？ 大丈夫か？」
‥‥守ってくれていたの。
「？守ってもらってた？何があったかは分からねえが大丈夫か？」
‥‥うん、平気だよ。
「まぁ、無事ならよかったな。」
轟々と燃え、崩れる屋敷。それは夜空によく映えていた。私を愛した人は、ただ一人あそこで燃えているのだろう。あかく、あかく。
「とにかくほら、立てるか？ 病院に行かないとなところでアンタどっかで見たことあるな…？名前はなんていうんだ？」
‥‥城沢エヴァンジェリンっていうの、エヴァって呼んで。
「っまじかよ！？あのスーパーモデルの…！？」
驚いたように
彼が私を覗き込む。その時、
彼の首にかかる懐中時計が目に入った。かちりと、その長針が24:00を、日付が変わったことを示す。それと同時にばきばきばきと断末魔のような音をたてて屋敷が完全に壊れ、火花と共に崩壊した。ただ赤い炎がゆらゆらと踊るように揺れる。
あなたの隣には
彼がいる。
彼は炎を見つめ、あなたの手を取る。
「まあ、なんだ。行くぞ」
‥‥うん！
少したどたどしくあなたを心配する声も、目の奥に隠れた優しさも、全て
彼と同じだ。私の未来を変えた、私だけを愛した
彼と。
―――ちゃんと約束は守るから。幸せになるから。いっぱい頑張るから！だから安心して見守っていてね？
―――
貴方が私にこの気持ちを教えてくれたから…！
―――私の初恋が
貴方で良かった！
私は歩き出した。少し照れ臭そうに歩く
彼と共に。
「――愛してるよ、エヴァ」
愛しの
彼の声を背に―――。
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