〜幼少期〜
教会で孤児として育つ。幼少期は暴力とは無縁などこにでもいる少しひ弱な少年。
しかし、そんな彼を外へ連れ出すのは決まって俐央とララの2人。
2人は同時期に教会で孤児として育てられた兄妹であり幼馴染であり親友だった。
親なしの孤児故、多くの苦労があったものの幸せな日々を過ごすことが出来たのは２人の存在が大きい。
教会にいた18年間、喜怒哀楽を共にした3人の思い出はどれだけ時が経とうと鮮明に思い出せるかけがえのない宝ものだ。
高3の冬。教会で過ごす最後のクリスマス。
教会での最後のクリスマスパーティーの準備をしていた3人は買い出しに出かける。
途中、俐央は類とララと別れてクリスマスケーキを受け取りに行く。
そこで類とララは俐央を待っている間にお菓子やチキンなどを二人で買いに行った。
しかし、類とララが二人きりになった所に怪しい男が話かけてくる。
男はまるでピエロのような恰好をしていたが厚塗りの化粧をしていても分かるほど美形の男性だと感じた。
「こんばんは、私はフットマン。通りすがりの道化師さ」
「怪しく見えるかもしれないけど君にとても良い話があって声をかけさせてもらったんだ」
「君、この話に興味ないかな？詳しい事は車で説明させてもらうから話だけでも聞いてくれないかな？」
と、ララに対し話すがその場で「ごめんなさい、でも興味無いです」と誘いを断るララ。
しかし男は続けて「まぁまぁ、そう急ぐ事ない。すぐ終わるから話だけでも聞いてくれよ」と、続け男はニヤリと不気味な笑みを見せた。
男のその不気味な笑みは2人に嫌悪感を抱かせるのに十分だった。
怯えるララを見て類は男の前に割って入る。
その行動に一瞬不機嫌そうな顔をした男は「私も随分と嫌われてしまったようだ…しかし、多少強引でも事を進めるべきかもしれない…」
と言うとゴツッと鈍い音と共に類はその場で気絶してしまう。
別の男に背後から鈍器で殴られたのだ。
急な出来事に動揺したララは男に捕まり、類もララと一緒に車に乗せられる。
一方、拉致される瞬間を少し離れた場所で目撃した俐央は誘拐した奴らを走って追う。
だが走って車に追いつける訳もなくどんどん距離を離されていく。
一体何が起こっているのか、不安で頭がいっぱいになるが足を止めてしまうともう動けなくなってしまうような気がして必死に後を追う。
少し経って、類が目を覚ます。
「どこか分からない…視界がぼやける…声が聞こえる…この声は…あの時の男…？」
そう。類の視界の先にはあのピエロがいた。
身体を動かそうとするが身体は鉄柱にロープで拘束され、口はガムテープで塞がれており声を出すことも出来ない。
辺りは薄暗くどこかの使われていない廃墟のように感じた。
フットマンと名乗っていた男は類が目を覚ました事に気がつくと
「悪いね、正直君はいらなかったんだけど余程あの女の子が大事そうだったから特別に連れてきてあげたんだ」
「観客がいないと盛り上がらないからね！まあ君はそこで大人しく見ていておくれ。正気を保っていられるかは分からないけど」
そう言葉を吐き捨て類の傍を立ち去ると近くにいた見張りの男らしき人物に耳打ちで何か指示をする。
するとその見張りらしき男はニタリと笑いながら何処かに歩いていく。
数十分もしない内に奥から数人の足音と共に拘束されたララと男達が歩いてくる。
その時、嫌な予感がした。
今すぐにでもララを連れて逃げないと取り返しのつかないことになるような。
そんな嫌な予感がした。
しかし拘束された状態の類には助ける術どころかこの拘束から抜け出す術すらない。
そんな類を視界に捉えたララは悲しげに類に笑いかけ首を横に振る。
何を思ってそうしたのか。それは今も分からない。
しかしあの行動はララが最後に見せた強がりだったのかもしれない。
ララの行動に類が呆気に取られているとビリリと乱暴に破く音が聞こえる。
ララは倒れ、男がララに跨る。
周りの男達もそれを囲うようにララに襲い掛かる。男達が壁となりどんな状況なのか類には見えない。
だが、ララの悲鳴とその生々しい音、男達の不快な笑い声に嫌でも理解してしまう。
「何故こうなった？何故ララ？何が目的だ？何故、何故、何故…」
頭の中で幾度となく思考を繰り返す。
「君は今何を考えているのかな。絶望？恐怖？後悔？それとも現実逃避の最中かな？」
「どれでも構わないがこれは現実だ」
「君の大事な大事な女の子は野蛮な男どもに道具のように使われている…」
「私はこの状況に心底興奮しているよ！」
「快ッ感…だね!!」
満面の笑みで男は類を見つめる。
その時、類は悟った。
このフットマンと名乗る男は自分やララの事を特別狙っていたわけではなかった。
誰でもよかったのだ。
自分の欲望を満たしうる存在であれば自分達じゃなくてもよかった。
今日、クリスマスの夜にあの場で偶然にも出会ってしまったという事。
それが全ての理由だと悟った。
そこからは地獄だった。
1分1秒がスローモーションのように長く感じる。
忘れたくても脳裏に刻まれた凄惨な光景が頭から離れない。
数メートル先にいるララは声も出さなくなっていた。
生きているのか死んでいるのか分からない。
しかし男達には関係ない。自身の欲望を満たす為の道具でしかないからだ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
縛られた手首がちぎれそうなほど引っ張った。
腕が使い物になったっていい。足さえあればララを連れて逃げる事が出来るはずだ。
正気とは思えない考えだったが体を動かさずにはいられなかった。
しかし、そんな浅はかな考えを悟ったかのようにフットマンは類の太ももを銃で撃ちぬく。
焼けるように痛い。筋肉がブチブチと音を立てるように裂けていくのが分かる。
そして類の口を塞いでいたガムテープをベリッと剥す。
「君が今、何を考えどうしたいか手に取るようにわかるよ…」
「だから私は君が絶望する為ならなんだってする」
「何故ならそれが一番私の欲望を満たしてくれるから」
「君は今、己の五感すべてを研ぎ澄ませこの空間の全てを感じるべきだ」
そこまで話すと男はララのもとに歩いて行く。
男達をかき分けまるで汚物を掴むように首を掴み類の方へ投げ捨てた。
ドシャッ…
ヒューヒューと浅い呼吸。
弱々しく擦れた声で何か言っている。
恐る恐る耳を傾ける類。
するとララは一言。
「大…丈夫…」
その言葉を最後にララは口から白濁液を吐き出し息を引き取った。
不思議と涙は出なかった。
何も感じなかったわけではない。現実逃避をしていたわけでもない。
ただ…ただ、自分は無力であると言う事を実感したのだ。
「彼女、死んじゃったみたいだね。残念だ」
「しかし、私も彼らも十二分に楽しませてもらったよ」
「最ッ高に楽しいクリスマスだった…!!!」
「君にも沢山楽しませてもらったからね…」
「私から細やかな贈り物を送ろうと思う」
するとフットマンは胸ポケットからカードを取り出し類に投げつけた。
そこには「SMILE 『フットマン』」とだけ書かれていた。
「それね、私の名刺なんだ」
「仮に今日無事に生きて帰る事が出来たのなら必要かと思ってね」
「敵討ち…期待して待っているよ」
そう言うと周りの部下らしき男達が辺りに火を放ち始める。
「運が良ければ火事に気付いた人が助けてくれるかもしれないね」
「しかしまぁ私達はそろそろお暇させてもらうよ」
「次に会う時を心待ちにしているよ」
その言葉を最後に連中はどこかに消えた。
メラメラと燃える炎を眺めながら3人の思い出を振り返る。
楽しかった時、辛く悲しかった時、喧嘩した時…色々な思い出が次々と溢れていく。
次第に類の頬に涙がこぼれる。
「ララ…僕は…いや、俺は君が大好きでした。」
涙ながら自分の思いに気づいた類はただ涙を流しララに囁いた。
もっと早くこの気持ちに気づいていれば…
やりたい事、行きたいとこ、話したい事が沢山あったはずなのに。
俐央はなんて言うかな、怒るかな？それとも喜ぶかな？どっちだっていい。
何故ならきっと俐央も同じ気持ちだろうから。
確証はない。
俐央にもそうであってほしいっていう願望なのかもしれない。
でも俐央とは本当の兄妹ではないにしろどこかで繋がっている感じがする。
だからそう感じたのかもしれない。
「今からそっちへ行くよ…ララ…」
ララと共に炎にのまれるのを待つ事にした。
「類！！！」
聞きなれた声がした。俐央だ。
「大丈夫か？類！！しっかりしろ！」
「今助けてやるからな。安心しろ」
「ララはどこだ？早く助けないとまずいぞ」
俐央に縄を切ってもらった類はララを抱き寄せる。
「ララは…ここにいるよ…」
顔が真っ青になり動揺を隠しきれない俐央は思わずその場で座り込んでしまう。
「嘘…だろ…」
「何でだよ…何でララが…!!」
「すまん…取り乱した。」
「とりあえずここを出よう。ここももう崩れる…」
俐央は着ていた上着をララに着せ2人でララを連れ出す。
外に出るとそこには消防車や救急車が火災現場に到着しており、保護される形になった。
ララの状態に救急隊員も驚きを隠せない様子だったが必死に救命活動をしてくれた。
しかし、息を引き取ってから時間が経っていたこともあって既に手遅れだった。
後日、類と俐央は警察で取り調べを受けた。
だが類はなにも言えなかった。いや、言わなかった。
ただ捕まってしまう事に満足できなかったからだ。
しかし俐央にはありのままを全て話した。
俐央はなにも言わず全てを聞いた。
「類、お前1人に背負わせて悪かったな」
「俺がもっとしっかりしていれば…」
俐央もまた、あの時一緒にいなかった自分と間に合わなかった自分に腹を立てた。
誰のせいでもない。
悪いのは全てあいつだ。
類と俐央は2人で復讐を誓った。
そして2人でまたララに会いに行こうと。
そう決めた。
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